間奏


あれは十年近く前の事だ。

とある国での小さな会社が世界最初のヒューマノイドガーディアン、通称「VAL−be (ヴァル・ビィ)」を開発した。

非常に高性能な人工知能と人工筋肉を兼ね備え、頭脳は賢者のごとく、動く姿は黒豹のごとしと喩えられたほどだ。

それは神の生み出した新人類とまで言われ、
生産コストが非常に高い為、尋常でない値段がつくほどの高価な品だったが
自分のステータスを誇示するかのように買いはじめた為、すぐさま大量生産が決定された。




「マトウ」という街が彼女の最初の主人「ウェイメ」のいた所だ。
街の中心から少し離れた屋敷で、広い庭のバラが綺麗な家。

ウェイメはよくテラスで新聞を片手にお茶を飲んでいた。
そして、彼にお茶を淹れ、テラスからバラの咲く庭を見渡すこの時間が何よりも好きな時間だった。

「またVAL−beの事故か」

優しそうな瞳を更に細めて新聞から目を離す。そのかわりにいつもと同じように外のバラを眺めていた「宿禰(すくね)」に見つめる。
向ける視線はなんとも言えない憂いを帯びて、いたたまれないようなものだった。

「そのようですね」

ウェイメの歳はまだ四十ばかりであったが、それよりもぐんと年老いて見える人物だった。

その身分についての情報はインプットされていなかったし、あまり屋敷の外に出る機会もなかったために知りはしなかったが
かなり高い身分に腰を下ろしていると言う事だけは容易に分析できた。

時々客人が来る時などは眉間を寄せ、険しい表情を見せ、話をしていたりする。
その表情を見る度に言いようのない大きな不安の穴に落ちた気分になる。
だからこそ、この彼が笑顔になる時間が愛しいのかもしれない。

そして最近は切に思うのである。

「ウェイメ様、本当に私を回収に出さなくてもよろしいのですか?」

「うん?」

「いつ暴走するかわからないのですよ?」

VAL−beは、一時期大量生産されたが、その直後から製造販売の中止、と同時に回収して処理するという決断が出された。

その精密さ故に「バグ」が多すぎたのである。

高レヴェル会話機能の暴走、自律プログラムの欠陥、エネルギー調節の不具合、

そして爆発事故が、こういう言い回しにはいささか抵抗があるが「ポピュラーな欠陥」だった。

(もっともVAL−be一体の爆発威力はそれほどでないにしろ、
コレクターなどがVAL−beを数体所有していた場合誘爆を引き起こす可能性が高いので非常に危険である)

VAL−beを開発した会社が自主回収を行い、ねこそぎ破壊しているという。

けれどそれを良しとしないユーザーの中のごく限られた一部はこっそりとVAL−beを手元に残しているそうだ。

会社にユーザー登録がしてあるので向こうで調べられれば一発で回収にまわしていないことは明らかになるが
元々、社会的身分の高い金持ちが購入していたので会社側も無理強いはできないわけである。

(無論、その場合に限り、事故への賠償金などは一切出ない)

それまでしてこのVAL−beを愛してやまない人間が多くいるのだった。

その中の一人がウェイメである。

「私の存在意義はウェイメ様をお守りする事にあります。その私が貴方様を傷つける事になってしまったら・・・・・・・」

急に激しいノイズが襲い、体中が熱を持ちはじめる。まるでボディに電撃を与えられたような感覚に戸惑い、
思わず胸に手をあて、俯いた。

そんな宿禰を見、思わず立ち上がって片方の手をそ肩の上に手を置く
そしてもう片方の手でそっと冷たい頬に手を添えた。

「ウェイメ様」

「大丈夫だよ」

たったその一言。

そのやわらかく、だのに芯の通った声のささやきひとつでしかなかった。

なのに体の放熱装置など壊れてしまったように熱がこもり、機体が溶けてしまうかと思った。

それなのに今まで抱いていた不安は、機体よりも先に昇華されてしまったようだ。




「君がいなくなってしまったらこの家はお化け屋敷になってしまうだろう」

にっこりと悪戯っぽく笑う。

「・・・・・・・・・」

それがなんともおかしく、そして

「そうですね。では私はそうならないよう、お庭のお手入れをしてまいります」

なるべく彼の目を見ないように踵を返しテラスを出た。




そして、私は所詮機械人形でしかないのだと思い知らされた。




VAL−beを愛するパターンには二種類ある。



「人」として真に愛するパターン。

そして

「道具」として利用し、ある意味での愛を持つパターン。

体が正常に戻った。

ただし、「胸の中心に大きな損傷がある」という誤情報が出ていたので、それを一つ一つ丁寧に処理した。


彼女はこの時点で、いや。ウェイメにあった時点から壊れていた。
VAL−beとして致命的とも言えるバグが発生して、それはいつか彼女自身を蝕みつくす可能性すらもあるもの。

「こころ」が彼女に生まれていた。

それこそがバグ。

彼女自身、今ウェイメに対して抱いている感情がどういうものなのかは理解していた。
しかしそれは人工知能にインプットされてあった「情報」であり、いわば辞書に載っている程度の言葉の意味しかわからない。

自分自身がどうすればいいのか。それは誰も教えてはくれない。
ただひとつ、わかってること。
この想いは打ち明けるべきではないという事実を除いて。



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「ハドム」

「テンさん。どうしました?」

馬の手入れをしていた御者のハドムは思いもしない来客に思わず手を止めた。

「つくねさんはご一緒ではないんで?」

「うーん。まぁね」

ハドムは腰を一度思いきりのけぞらせ、重くなった肩をもみ、自分の歳を感じながら

「よくあの人がテンさんを一人で出かけるのを許しましたね」

と尋ねた。それに対しテンはどこか心配するような怪訝するような表情で言う。

「それが、なんか変だったんだ。まるで私を追いやるようにしてさ」

いつもだったらあんなにシステムのスキャンに時間はかからない。

「で、テンさんはこれからどこへ?」

「うん、ちょっと買い物にね」

「そうですか。じゃああっしがお供いたしましょ」

「本当?いや、悪いね」

影でにやりと笑った事は言うまでもない。




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そんな日々が続くと思っていた、夕焼けの橙が鮮やかな日だった。

「ウェイメ様、お話とはなんでしょう」

深紅の絨毯が目に付くウェイメの部屋に呼び出される。
けれど宿禰が立つ位置からでは西日がまぶしくてウェイメの顔は見えにくい。

「宿禰・・・・・・・・・」

そう力なく呟くと宿禰の元へと近付き強く抱きしめた

「いかがなさったのですか?ウェイ・・・・・・・」
「宿禰。本当にすまない。本当に――」

「どうして謝られるのです。私は」

「パスワード『******』 パワーオフ」

ぷっつりと電源が切られた。




NEXT









 

 

あぁ、もう無理。もう無理。何だこれ。
なんなんだこれ。

なんか恐ろしくベタベタな設定でございますね(誰

心を持った機械人形だって!主人を愛す機械人形だって!

アホくさっっ

と我ながら思ってます。ちゃんちゃらおかしいな、オイ。

(なら書くな)




なんかもう書いてるあたりで吐こうかと思いましたね。
というか、あの二人のエセラブラブっぷりが気にくわねぇ。なんだありゃ(自虐的

書きたくないけど書かなくちゃならないシーンなもんで。
極力爽やかにしようと努力はしたんですけどもねぃ。


ま、もうウェイメ出て来ないからいいけどっ (暴露