その報せが入ったのは、畑仕事を中断し、一休みしようと思っていた時だった。
灼熱の太陽がじりじりと肌を焼き、汗という涙がどくどくと逃げていくような夏の日。

「やあやあ、久しぶりだね、ソールくん」

「ああ、おじさん、これはこれは・・・・・・」

電話をとると聴こえたのは幼馴染であり、婚約者であるメノーの父、
つまりは義父の声だった。

おじさん、と呼んでしまうのは昔の癖が抜けていない証拠だ。

「畑のほうはどうだい?今は何が採れるのかな?そっちの方は疎いもんでね」

「はあ、今はトマトとかナスとか――――

そのあとしばらく世間話を続けていたが、そう長々と休んでもいられないのでなるべく早く話を切りたかった。

「それであの、今日はどうしたんですか?急に電話なんてよこして」
「あぁ、そうそう、娘が死んだんだ」



















「はい?」







まるで何も無かった一日の中の小さな発見を報告するかのような軽い口ぶりの報告は
なんとも現実味のないものだ。


最初は縁起の悪い冗談かとも思ったが、

「死んだんだ。・・・・・・・・・死んだんだよ。死んだ。事故でね、事故。死んっ」

電話越しにおじさんは泣き崩れたようだった。獣の咆哮みたいななきごえが聴こえた。

それをただ他人事のように、
そう、まるで映画のワンシーンを観て入るような気分で蝉の泣き声を聞いていることしか出来なかった。
あぁ、暑い。

今年はきっとうまい野菜が採れるんだろうな。

メノーはトマトが好きだから、きっとよろこんでくれるだろう。
こぼれるような笑顔でその赤をほおばるのだろう。
そんな彼女が僕は好きだった。





肋骨が内臓に突き刺さり、足の骨はほとんど突き出てあらわになっていたそうだ。

顔にだけは幸いなことに傷がなかったが、葬儀の時すらも彼女の遺体に対面する事は出来なかった。



真っ黒な棺に彼女を布にくるんでおさめ、街外れにある墓地に埋葬された。




メノーは明るくて、面倒見の良い、他人への慈しみを忘れない女性だった。
髪は綺麗なストレートで、肌の色はちょっと色白とは呼べない日に焼けた肌で、
それをかなり気にしていたが、働き者の素朴な感じがまた魅力的だった。

それももう、見る事は出来ない。







あぁ、そろそろ野菜を収穫しておかないと。


気持ちだけは仕事をしなくては、と焦るのに、体はベッドの上から動いてくれない。

あぁ、どうしてこんなことになったのだろう。

どうして彼女は死ななくてはならなかったのか。
なぜ事故にあったのが彼女だったのか。

彼女はどうして死んだんだ?

幸せな暮らしを手に入れるはずだった彼女が――――

それ以上は頭が回らなくなって、顔を枕にうずめた。



あぁ、もういっそのこと死んでしまおうか



そんな言葉と彼女の事を交互に考えていると、不思議な声がした。

「「随分としけた顔をしているのですね」」

反射的に顔をあげると、自分のすぐとなりに石が浮いていた。

胡桃をふた周りほど大きくしたサイズ。
黒く鈍く光り、表面はつややかだが、どこにでも転がっていそうな、ありふれた石だ。

「い・・・・・・・・・し? 」

「「ただの石ではありませんよ。あなたの願いを叶えてあげることのできる、ありがた〜い石です」」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「「・・・・・・・・・・・・・・・」」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「「・・・・・・・・・・・・・・・」」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「「笑うところです」」




それから石は、とくとくと説明してくれた。
今までに叶えていない願いであれば、なんでも一つ叶えてくれること
今まで願いを叶えてやった時のこと
その願いは本当にボランティアで、金品やら代償やらの請求は一切無いこと
自分(石)がいかにすばらしいかということ
どんな願いでも叶えてやる事ができること
ボケとツッコミに関すること

等等。

神様なんて信じてはいないので信仰もしていなかったが、
この時ばかりはその存在を信じ、感謝した。
神様は僕達を見捨てては居なかった!

「「さて、君は」」「メノーをよみがえらせてくれっ!」

宙に浮かんでいた石を両手で掴む。
気迫に押されたのか、石は黙ってしまった。

「「それが本当の願いなのだな」」

「当たり前だ!それ以外に何の望みがある?」

今年は雨も太陽も適度な具合で、豊作の年なのだ。
彼女の大好きなトマトも沢山実った。



けれど、それを美味しいと言ってくれる彼女も、僕と一緒に畑に出る彼女も、

どこを探しても居ないのだった。


そんな世界はモノクロだ。いや、何一つ存在しない「無」だ
―――

「「よし、その望み、私がかなえてさしあげましょう」」

彼女に会える。

また、あのまぶしい笑顔が僕の前に現れてくれるのだ・・・・・・・・・

一度光を放ち、目を瞑った瞬間

石は消えていた。

目をこすって、周りを確認するが、どこにも無い。あれは夢なんじゃなかっただろうか?とも思ったが、
こんなにもはっきりとした夢など見た事が無い。





「それで、あなたは一体なんの文句があると言うのです?」

オムライスの最後の一口を放り込み、咀嚼し、舌全体で味わいながら言った。

しっかりと喉に通し、後味のまろやかさにささやかな幸せを覚え、
表情をきりっとしたものに戻してから続けた。





「感謝こそされ、恨まれるような要素など見当たらないのですが」

「彼女が、戻ってくる事は無かった」

その言葉にショックを隠しきれず、テンは椅子から立ち上がった。

「そんなはずはありません!その人は確かによみがえったはずです」

カウンターの上に置いていた石に向かって更にまくし立てる

「どういうつもりなんだっ?継承した人間の望みを叶えるのが君の存在意義なんだろう!」

石に認められ、手に入れる事が出来たのならば、望みは必ず叶うはず。

けれど石は頑なに沈黙を守り続ける。

「そんなことは知らない!

それでも、彼女は・・・・・・戻ってこなかった」

苦しそうに吐き出していく。

「あれは夢だったんだと、思っていたよ。

石なんてモノは存在しない。そんな都合よく現実はあまくないって。

けれど、あんたは俺の前にぬけぬけと現れた・・・・・・・・・・・っ。そんな俺の前に、現れやがった!

再びつかみかからん語調だったが、つくねが目線だけを男に送る。

「「メノーさんはよみがえりましたよ」」

石が守っていた沈黙は反転してその一室全てをつつみこんだ。



ようやくその重苦しい空気を破ったのは男。

「・・・・・・・・・・・・なんていった?」

破る、と表現するにはあまりにか細く、力ない声。
しかし、そのたったひとことに含まれる虚無と憎悪は手に取るようにわかった。



「「私は、あなたの望んだ通り、メノーさんをよみがえらせました」」

「う嘘をつけ!なら・・・・・・・ななぜ彼女は戻って来ないっ?」

顔を真っ赤にして怒鳴ったが






はっと、

青く色を変え

「まさか」

泡でも噴きそうな勢いで血の気が失せていった。

彼女の葬式の様子が、フラッシュバックする。

真 っ 黒 な 棺 に 彼 女 を 布 に く る ん で お さ め 、

街 外 れ に あ る 墓 地 に 埋 葬 さ れ た 。

土に、埋められた

「「そう。彼女はあなたに会いに行きたくても行く事は不可能だった。

狭くて、酸素の無い世界で、二度目の死を」」

説明を最後まで聞くことなく、男は外に飛び出した。

マスターも勘定のことは触れるつもりもないようで、グラスを片付け始めた。

つくねの前に置かれていた、手を付けてないコップは、随分と多量の涙をながしていた。




人の波をかきわけ、街の外れまで走った。

メノー

僕のメノー



あぁ、どうして?そんな





彼女の墓の前に立つ。

大きな石版がのせてあって、土は強固だった。

指で掘り返そうとおもっても、爪が割れただけだった。

どこからともなく、風が吹いていく音が、彼女の助けを呼ぶ声に聞えた。
こうして君は、僕の名前を呼んでいたのかい?

ごめん。

ごめんよ



そんな辛い思いをさせてしまて、ごめん。

僕が君を殺してしまったんだね。

僕の愛するメノー。





泣き声が、墓地一杯に響いていった
―――――

 










ゆるやかなカーブの続く道を、馬車が走っていく。

車輪が石に当たり、時々上下に揺れるが、それも長い旅の中で次第に慣れてきた。

「テンさん、どうでしたね?今度の人は?」

中年の男の声にしては少しキーの高い御者が、物語をせがむ子供のように訊いてきた。

苦々しい顔をして御者に、というよりも他の誰かに言うように答える。

「なんだかちょっと・・・・・・・・・可哀想でしたよ。ひねくれた石の所為で」

「「テン、失礼な事を言わないでいただけませんか?」」

ポケットの中からでも篭ることなく響く声。

つくねはそんなやりとりに首を出すつもりなんてないようで、まさしく『待機中』のように押し黙っている。

「「彼が望んだ。私はかなえた。その先の事は知りません。私は私の責務を果たしただけなのですから」」

「この前もそんな事を言ってたね。この前の前も、その前の前も」

「「人間と言うのは口が足りないんですよ。『よみがえらせて僕の前に連れてきてくれ』と言われれば
私だってちゃんと棺の中から連れてこれたというのになぁ」」

残念そうな口ぶりだったが、その裏ではだいぶ楽しんでいるのは明白だった。

「性格悪」

「「・・・・・・・」」

馬車は東に向かっていた。

 

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なんとか1話完成。

久々にこんな長時間タイピングしましたよ。

そういえばオチ、いかがだったでしょうか。

とりあえずはやくつくねさんのエピソードが書きたいです。

そしてとっととこの話をおわらせたいです。

短編連作なのでつなぎにはバッチリなんですよねぇ(最低

 

最近短編らしい短編が書けなくていやになります。

 

それではくだらない後書きまで読んでいただきましてありがとうございました。

 

それと、「馬車で馬を操る人ってなんていいましたっけ?」という妙な質問をいきなり浴びせても
ちゃんと答えてくれた司書様に感謝です。

(見てないけど)