第]話 「新たなる主」

 

 

 それはある日突然に、唐突に、前触れもなくやってきた。

とは言うけれども、この世の中に前触れを持ち、なおかつそれが人々に感じ取る事ができ、「前触れ」と認識できることは
一体どれだけあるだろうか?

 つまりこれには何かしらの前触れがすでにあったのかもしれない。『彼』の側からしてみれば用意周到に、
もしかしたら私が生まれる遥か前から決まっていた事だったのかもしれない。

ある休日の、だんだんと日が傾きはじめて来る時間。緑の芝生の上を私は一点だけ見つめ、立ち尽くしていた。

「「これはこれはお嬢さん、いや。お坊ちゃんなのかな?」」

「そんなことはどうでもいいです。・・・・・・あなた、『何』ですか?」

その時の私は多分頭がぼうっとしてしまっていて思考を巡らせると言う作業はまったくできていなかった。
相手を思いやる事など忘れ去り、本能から生み出された言葉を噛み砕くことなく吐き出してしまった。

しかし、『それ』とは思いやる対象なのだろうか。

「「『何』とは無礼ですな、私はキミの願いを叶えるために来てあげたというのに」」

これが夢だとは思えない。「これは夢なんだ!起きろ!起きろ!!」なんていうリアクションをとるのは
アニメーションの中だけで十分だし、そんな恥ずかしい事は絶対にしたくない。

しかし、どう考えても事態は異常である。
十数年間生きてきたが、こんなに日常の中で奇妙な光景を見たのは初めてかもしれない。

だって『石』が空中に浮いて私にしゃべりかけてきたのだから。

そういえば前、祖母にこんな本を読んでもらった事があった。
「とある不幸な少年の元に万物を知るしゃべる本がやってきた。
その本から知識を与えられ、少年は偉大な学者となったが

夢半ばにして死んでしまった。

知識を与える変わりに本が命を吸い取ってしまったからだ」

という話。これはあくまで御伽噺で、
「得体のしれないものに関わらない方がいい」という教訓を知らしめたものだとは思うが

それを連想させて気味が悪かった。

「「さぁ、私が願いを叶えてさしあげましょう。なんでも一つ言って御覧なさい」」

「願いを叶える?どういうことです?」

「「そのままの意味ですよ。それ以外に何か意味があるのですか?」」

「いや、それはそうですけど。どうしてそんな事を?」

「「意味などありません」」

「いや、意味がわからないんですけど」

「「だから意味などないんですってば」」

「そうじゃなくて」

そもそもこんな常識のじの字もない存在に意味などを求める私の方に非があるのだろうか?
だとすれば、一刻も早く私はこの場を去るべきではなかろうか。去りたい。去ってしまいたい。

「「そもさん、鳥は空を飛びたくて空を飛んでいると思うか?」」

「それこそ意味がわからないんですけど」

こういうときは「説破」と言ってから何かいうんだよ、とぶつぶつ何事かを呟き、どこから出すのか、ため息を漏らした。

「「では質問を変えよう。そもさん、君は息をしたくてしているか?」」

「別にそういう」「「そもさんと言ったら説破!」」

「・・・・・・説破、別にそういうわけではないです」

めんどうなのに引っかかってしまった。

石の方は、そうだろうそうだろう、と弾んだ声を出しているが、その姿は相変わらず無骨な石のまま。
これのどこから声が発せられているんだろう。という疑問を精一杯、喉の奥へと押しやり、声に耳を傾ける。

「「鳥は別に空の青さに惹かれて飛んでいるわけでもない。
 地上の穢れを哀れんで、空に自由を感じているわけでもない。

そんな脳みそはないからね。

『そう言う風にできている』から飛んでいるわけであって、そうしなければ死んでしまうからそうしているに過ぎないんだ」」

「はぁ」

「「だから私の場合『そう言う風にできている』から願いを叶えてあげている。
この世に確固たる意味などを所有しているものがあるならそんなものは無意味だと思わないかい」」

「それであなたは一体『何』なんですか?」

「「君の願いを叶えに来たのさ」」

自信満々な声は私にとって実に無意義な時間を過ごさせてくれる。あぁ、ありがたいありがたい。

「とは言っても、私は別に願いなんてありませんよ」

「「それは困る!だれかの存在を否定する人間なんて存在を否定するべきだという論理からして
私の存在も君の存在も否定したくないから私は君の願いを叶えるよ?」」

「随分回りくどい言い方をするんですね」
半ばどころではなく完全に呆れ、もうたった一言でも唇を動かしたくなくなった。

なんだか浮遊する石の神秘性だとか不思議さとかそういうものは全くどこかへ霧散してしまい、
耳を傾けるのも億劫になりつつある。「つくね」に追い払ってもらおうか。

(まぁある意味では「不思議」と呼べるのだろうけれど)

「「何かしらあるだろう。地位とか名誉とか金とか―――」」

そして私を上から下まで眺め(そんな様子で)、

「「オモチャとかお菓子とか自由とか友達とか」」
と付け加える。
そんな子供ではない。確かに背はそんなに高くはないが・・・・・・

「とりあえずどれも事足りています」

何しろ今私が立っている場所は、うちの庭なのである。
この石に視力(あるいはそれに代わるもの)を持っているのなら、その後ろに佇む巨大な屋敷を見て
地位も名誉も金も、そのほかのほとんどが満たされていることは容易に想像出来ると思う。


「とりあえず私には特別望みなんてないんです」
「「それは困りに困った」」
芝居がかった口調で石はわずかに震えてみせた。

「「私は君の願いを叶えなければ『次』に行けないのだよ」」
「じゃあ、次の人の所へ行って下さい。それが願いです」

「それはできない」ときっぱり言いのけると、その姿とは裏腹に重々しげな声を出し

「「以前にかなえた望みと全く同じ望みは叶えてあげることはできないのですよ。
 残念だけれども君の望みは君の、丁度一人前のジョア氏によって叶えられている。
 本来ならば君の所はもうすこし後に来る予定だったんだけれども」」

ジョア氏は実に無欲な人間でなぁ、と感慨深く答えるが、

それよりもこの石はどこでどんな人間の望みを叶えてきたというのだろう。

「どんな願いを今までに叶えてきたんですか?それがわからなければ私の願いを言うのは難しいと思うのですが」

「そうだねぇ。たとえば

一生かかっても使いきれない程の金が欲しい

不死身の肉体がほしい

街のギャング、ウェギーを殺してくれ

病気を治してほしい

私達二人に永遠の愛を

世界の全てを知りたい

愛する人をよみがえらせて欲しい

幸せになりたい

世界をぶっこわしてぇ

オール通り3番地にあるおもちゃ屋のショーウィンドウにあった白いテディベアが欲しい

両親の仇をうちたい

犬になりたい

才能が欲しい

一生楽がしたい

宝くじがあたりますように

願った事全てが叶うようにしてほしい

マンションが欲しい

白いごはんが食べたい

有名にしてほしい

あの花屋の娘を手に入れたい

死にたい

生きたい

とかまぁそのほか色々ですな」」

それは随分おもしろそうな。(時々なんだか良くわからない単語があるけれど。マンションてなんだ?)

「「さて、君は何を望むね?」」

あごに手を当てるというおなじみのポーズでしばし考え込み、

「決めました」

と勢い良く顔を上げた。

「「それは?」」

「これから決めようと思います」

「「君は馬鹿だね」」

不毛なやりとりではあったが、

かくして私の願いが叶った人々のその後を見るため、自分の望みを見つけるために旅が始まった。

恐らくそれは有意義なものとは呼べないものになるだろう。
本当の所をいうと、別に彼等のその後にはさして興味がなかった。

私の望み


それは、旅に出る事だったのだから。




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はい、テンが旅に出るきっかけとなったお話です。

実はこれ二番目位に出来上がってたんですけどね。一番最初の話を最後の方に持ってくる辺りがますますキノっぽい

というかテンの口調があからさまにおかしいです。石の口調もはっきりしませんねぇ(汗

困った困った。本当は一人称「僕」にしたかったけどそれじゃあまるきりキノじゃねえかってことで無理矢理変えたからね。ボロが出たんだろ

そういえばテンの性別ですが読者様のご想像にお任せします。筆者自身、考えるのが面倒なので。どっちでもええやん、みたいな。

それでは次の話もお楽しみに!どうせ日記とコラム以外に興味なんてないんでしょうけどねっ!