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「彼方より」

僕はただひたすらに山を登っていた。それはまるで義務のような、当たり前の事のような。
足元では、ざくざくと、リズミカルとは言い難いが、音を立てていた。辺りは靄でかすみ、2〜3m先がせいぜい見えるぐらいである。

薄い空気の中、かすみがかった頭の中に、記憶の断片がふわりふわりと浮かぶ。

僕がこの山を登っているのは、きっと空気の所為だと思う。

自分がいる「世界」に疑問を感じたのは、酸素カフェが大ブームになった年だった。
汚れた都会の空気は、人の身体も心も蝕んでしまう。
そこを解決したのが酸素カフェ。脳をリラックスさせる効果もあり、値段もピンからキリまであるので、
今やジュースを買うくらい気軽に空気を買えるわけだ。

どうかと思う。
もっと大切な事があるんじゃないだろうか?そんなもので代用するんじゃなくて、もっと根本的に。

 「まぁねぇ。確かにそうかもしれないけどさ」 
額にかかった髪をかきあげ、ため息混じりに「彼女」はそういった。
 「俺にだって分かる事なのに、誰も気付かないのかな?」 
意味ありげに言葉を切り、
意味なさげに呟く。

 「・・・気付かないふりをしているのよ」
 「気付かないふり?」
ええ、と一呼吸おいて、窓の外のどんよりとした空を見上げる。

 「誰だって汚い物は見たくないもの。都合の悪い事にはふたをしたいのよ」
意図がつかめなくて、不思議そうな顔の僕を見つめ、にこりと笑った。

その時、その中の悲しみには気付くはずもなかった。
 「今の時代、綺麗な物なんてないし。」

――ただ僕は、どんよりとした空を見ることしか出来なかった。


そろそろ息が切れてきた。おまけに寒い。けれど、心なしか辺りはだんだんと明るくなってきた。頂上が近いのかもしれない。

重い足を引きずりながらも足を速める。もう少し・・・・・・もう少しで・・・・・・

 

僕がこの山を登っているのは、きっと古本屋の所為でもあると思う。

友人が酸素カフェにたむろする中、やっぱり僕は矛盾のお陰で入る事はなかった。
カフェに入ればもやもやもすっきりするかもしれなかったが。

ごちゃごちゃとして、湿った工場のスチームの街。その中央大通りを独りぶらぶらと歩いていくと、
歴史の重そうな、まったく売れていなさそうな古本屋
普通なら絶対に近寄らないであろうその場所に、僕は何故だかすごく入りたいと思った。運命を信じる。

 中はかび臭く、埃くさく、暗く、不気味だった。
                       
                                         「いらっしゃい」

しわがれた老人の声が、闇の奥から細く聞こえた。弾む心臓と、立つ鳥肌を必死に抑えて、
はぁ、だかどうも、だか何だか気の利かないことを言う。


その本屋には、何だか古ぼけた背表紙ばかりが並べられていて、どれもきっとつまらなさそうだった。

「見た目で判断なんぞするもんでないよ」
心を見透かされるような、闇より深い漆黒の闇色の瞳が僕を映し出していた。わけの分からない恐怖が背中を駆け巡っている。


 ふと背を向けた老人は棚のひとつから、一番古ぼけた本を持ってきた。(埃を息で掃ったのは見なかった事にしよう)

「老いぼれというのはのう、世の中の多くの事を知っちょる。見た目はしわくちゃの老いぼれでもな」
その本を開くと、ページは虫に喰われていてぼろっと落ちた。「おっと」と言って、老人は落ちた中身を拾う。

「まぁ、中身も老いぼれなもんもおるわいな」

はぁ・・・・・・と、さも大変面白いジョークを言ったかのように一人で笑っている老人の、本をしまう背に吐息交じりの返事をする。

「これなんかはいかがかの?」
手渡された本、黄ばんだ表紙。いらないと無碍にするもも気が引けたので破れないように表紙をそ、っと開く。


「春日 一彦 写真集〜彼方より〜 kasuga itihiko photo album 〜kanatayori〜

と書いてあった。題名だろうか?」
厚めのページをめくる。すると――――――

 思わず感嘆の声をあげてしまった。


そこには青と白の色しか存在しない。でもそれがとても綺麗で

もう、言葉にはできないくらい――その写真に目と心を奪われていた。


「青空、じゃよ」
「あおぞら?」
「うむ、この黒い雲の上にあるものさ」
「この上・・・・・・?」

その本には他にも、森や花畑、流星に、星空に夕焼け空に、雪化粧・・・・・・。
そう呼ばれていたものが、見た事のない物が存在していた。


中でも印象的だったのが山の上からみた街の景色である。


「おぉ、この景色はのう・・・この街の近くにある山から撮ったのだよ」
「え?!ここに写っているのは・・・・・・?!」


この街・・・?このコンクリートで固められた街が昔はこんな?


「この人はこの町の出身での。自然のあふれていた町を大層愛しておった
・・・・・・もっとも、今じゃあこの街に面影もないがのぅ」

寂しそうな老人につられるように、僕もうつむく。
「・・・・・・もう・・・見る事は出来ないんですよね・・・・・・?」


分かりきっていたことだった。ただ、確認の意味で――――
「さあ、分からんが。しかし他の街は、山の向こうが今どうなっているかはわしにもわからんのう」
その言葉を聞くと、まるで心の中にあった水が旧に沸騰したように、胸が高鳴り、ある意志があふれた。
                    「じゃあ!?」
僕は、その本を買って、店を飛び出した。
  老人は少年が出て行ってしばらくして、奥にしまってあった一眼レフのカメラを取り出し、ファインダーを覗いた・・・・・・・・・。

青い空を見たい。あたたかな日差しを浴びたい。緑豊かな木々を見たい。この山の山頂から、あの人の写真のような!!!

なんだろう。

急に汗が噴出してきた。

陽射し。

そう、陽射しだ―――

太陽が近付いてきている。
額を伝う汗をぬぐい

頂上。

頂上だ!

思わず疲れているはずの足を早め、終いには駆け出した。

空。空。青い空。

緑?木々。木々はあるのだろうか。山は見えるだろうか。今の季節は?

この目に何が映る?

この目に―――――― 

 

 

 風が、強く吹きぬけ、霧はもう消えている。
そこには、青い空が広がり、あたたかな日差しが降り注いでいた。


しかし・・・・・・少年はまったく感動していなかった。見てもいなかった。


ただ呆然と、眼下に広がる景色を素直に瞳に映す。

感動と言うよりも、ものめずらしさなんかでもなく。

むしろ、絶望。

緑なんてどこにもない、荒れ果てた灰色の景色。
モノトーンの、薄暗いキャンパス。
病んだ画家がスランプの時に描いた絵のように、それは薄気味の悪い黒。黒。黒。黒。

人が住むことも出来ないであろう、黒い街。

かつて人類は、月の裏側に夢を見た。

いつも魅せるその月の、誰も見た事が無い側面に希望を馳せた。
人々は夢を持って月へとロケットを飛ばした。

けれど、そこに待っていたのはロマンをぶち壊すだけの、苛酷な環境が広がっているだけ。
月の裏側には宇宙人も、人々が暮らすコロニーも、ましてや兎すらも居ない。

ただむごい石の塊がごろごろと転がるだけ。
それですら喜ばしいと思い込んでその石をこの地球に持ち帰った。
本当はそんなものではなく
旗を立てたかったわけでなく、
科学的に見たら「人類が宇宙に飛び出した記念すべき日」であっても、

ロマンはそこに無かった。

月はただの大きな石粒だとわかった、知ってしまった、忌むべき日。

夢の命日。

それと限りなく等しい状況に少年は置かれていた。
そして、人類の知らない方が良かった事実を、知ってしまった。

悪夢から覚めたら、そこは優しい現実ではなく、
「それは夢だよ」とにこやかに笑ってくれる人も居ない、悪夢の続き。

少年は力なくその場に崩れた。
「そんな・・・・・・?そんな・・・・・・・・・・・・・・」
うわごとのようにつぶやく。
違う・・・・・・そんなはずはない。だって、人間は間違ってなんかいない・・・愚かなんかじゃ・・・・・・

 

   「・・・気付かないふりをしているのよ・・・。」

   「誰だって汚い物は見たくないもの。都合の悪い事にはふたをしたいのよ」

   「今の時代、綺麗な物なんてないし。」

ただそんな言葉が頭の中に浮かび、めぐり、響いている。

 

 

世界は今、どうなっているのだろう?

どうなるのだろう。

 

 

                             〜THE END〜

 

 

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