リセットorリセット
第四話「償い」

「リセットがどういうものかわかったでしょう?」

何事もなかったように、さらりと言う。まるで、模範演技であったように。

「死にたいと心から願えば痛みも苦しみもなく死ぬ事が出来る。
あなたはそれができるわ」

彼は、迷うと言うよりも、疑いの眼差しで彼女を見ていた。
確かに先ほどの光景を見れば彼女がうそを言っているようには思えないので事実なのだろう。

しかしどうにもリアリティが著しく欠けているのだ。

あんなボタン一つで人が死んでしまうのか?
ナイフなんかより、拳銃なんかより確実に。人が死ぬ。

でも確かに自分にとっては願ってもない事じゃないか。こんなつまらない人生を「リセット」できるんじゃないか。
それに―――――――。

こぶしを一度、小さく握って

「俺を  『リセット』してくれ」

その彼女にとっては待ち望んでいたはずの一言に、彼女は

目を伏せた。





「私が今までリセットして来た人達は、みんなあんな人だった」

目を伏せたまま、深く沈んだ声がかすかに響いた。

「もう治る見込みのない植物状態の人、病に侵され死よりも辛い苦しみを味わっていた人―――
死ぬ以外に助かる道がない人ばかりだった」

それは会話と言うよりも、モノローグのようだった
本を読み聞かせるように淡々と。悲しい一人芝居みたいな口調で。

「その反対に、死にたいと口にして、
自ら死を選ぼうとする人間のほとんどは気付かないところで生きたいと願っていたの。
その気持ちに嘘をついて封じ込めて、死んでしまった人間もいるけどね・・・・・・・」
彼女は自嘲的に笑った

「なのに違うの」

あなたは違うの。

「本当に死を望んでいる」

探りを入れられるような瞳に、本能的に目をそらした。

「心の底から死んでしまってもいいと願っている。・・・・・・何故?」
「わかってるんじゃないのか?」
「わからないわ。死にたいという本当の理由をあなたが奥底に封印してしまっているから。
わたしは感じ取る事が出来ない。私だけでなく、他の誰にも」









彼は、ふ・・・と息をこぼし、あきらめたように歩き始めた―――

「話せば、リセットしてくれるか?」

―――彼の家へ向かって。



**************************************





ぶっきらぼうに家のドアを開ける。
「ただいま」も言わずに、「おかえりなさい」も言われずに。
――と、リビングのドアがあくと、彼にはあまり似ていない、
少しあどけなさの残る少年が出てきた。
「あ、兄ちゃん、お帰り」
「―――――」
返事もせずに、早いリズムで階段を駆け上がる
。弟の方も呼び止めようとするが、あきらめたように唇を噛んでいた。
彼女は少し迷ったが、見えない存在である自分は何も出来ない事を十分に理解していたので、
すぐに彼の後を追った。 

              さみしそうな顔の少年だけが残った。






「ただいまくらい、言ってあげればいいのに・・・」

彼の部屋に入り、ドアの前に立つ。少年ほどではないが、少し物悲しそうな顔だ。

「そんなに弟が嫌いな――――」
「怒るんだよ。母親が」

幼い頃のヴィジョンが半透明に思い出される。
母親は鬼のような顔で、もう何を言われたかもあまり思い出せないが、
泣くことも忘れてしまうほど恐ろしかった。
「あんたなんかと話してたらあの子に良くないから話すな、かかわるな。ってさ」
そんな・・・・・・と彼女は困ったように
「だってあなたがそんな風になったのはあなたの」
「母親の所為・・・か?」

「他人の所為なんかじゃないさ。
それでもまっとうに生きているやつだっているし、愛情を受けたって曲がるやつも居る」

 

 

「・・・・・もう、これ以上誰かに迷惑かけたくないんだ」





「俺さ。弟の所為であんまり愛情を受けたりとか出来なかったけど、
弟の事を恨んだり憎んだりなんてしてないんだ」
なんでだと思う?という問に、答えられずに首を振る。

「母親にほめられるとさ、あいつ。気まずそうな顔するんだ。
まだチビだったころから、ほめられてもあんまり嬉しそうな顔って俺の前じゃしないんだよな。
俺なんかに気ぃつかって」
家に入った時とは考えられないほど穏やかで柔らかな表情をしていた。
「けど・・・・・・そんな顔見るの辛くてさ。俺が居なければ幸せな人間が増えるんだ」

誰が怒る顔も見たくない。誰が泣く顔も見たくない。誰が困る顔も見たくはない。
それが自分の所為ならなおさら。

「そんなこと・・・・・・あるわけないでしょう?!」

急に語気を強めた彼女へ、驚きを隠さずに視線を送った。
「子供が死んで、悲しくなんてない親なんているはずない。そうでしょう?」
「他人にはわからないと思うけどさ」
言葉をさえぎり、冷静な口調で
「でもうちはそうなんだ。他の家の母親がどうなのかは知らないけど、うちの母親はそうだから」
何かを言おうと口を開くが、その空気にまた口をふさがれた。

「別にさ、自殺でも良かったんだけど。飛び降りとか、首吊りとか。でもやっぱそれも迷惑かかるし。
俺がもっとマシに生きられればいいんだけどさ、それもなんか無理っぽいから」

彼女は正直驚いていた。
あれだけ彼女と出会った時刺々しいオーラが出ていたというのに、彼の心の声を聞いた時には
禍々しい嫉妬と恨みが満ちていたと言うのに、今ではどうだろう。
こんなにも慈愛に――――――

「だから、やり直したいんだ。もう一度、もっとまともな人間に」

ビクッと彼女の姿がゆれた。

「「もしもリセット対象と話すことがあっても、絶対にこの事は教えないでくださいね」」
「「このリセットというのは」」


「「せっかくリセット対象を見つけたのに逃しちゃいますからね」」

「やり・・・・・・直す・・・・・・」

「あぁ、次はもっとまともに生きるよ」



「さ、話したろ?早くリセットしてくれ」
彼はずいと近付き、その時を待つ・・・・・・。

もし彼女に心臓があったのなら、破裂するほどに高鳴っていただろう。
その手が彼の身体に触れるまで、数センチ―――



――それで、いいの・・・・・・?――

リセットボタンをスカートのポケットにしまい、





                   消えた。



「お・・・おい?!!」





辺りを見回しても見当たらない。
一体・・・・・・なんなんだ?





*****************************





彼女はうずくまって座っていた。もし生きていたならば、涙を流し、咽び泣いていただろう。





(生きる事ってめんどくさい)

(私は生きてたくなかったのに)

(だから「死んだ」のに)

(それでも生きたかったの?)

(なんで私なんかに転生の資格が渡されたの?)

「いいですか?リセットした人間の魂は、
あなたが転生するために使用されるので100%転生する事はありません。
確実です。死ねば天国にでも行って転生すると信じている人が多いみたいですから
死んだら消えて無くなってしまうという事実は言わない方がいいですよ。
せっかくリセット対象を見つけたのに逃がしちゃいますからね」

リセット・・・・・・というのはやり直すための言葉ではないのか?
これではただ単に自分のために人殺しをするようなものだ!!



そうか・・・・・5年経てば。

「ここにいたのかよ」





彼の影が彼女の影に重なった。公園に二人はいた。



そっと隣に座る彼を、横目で少しだけ見る。


「やり直すことなんて簡単じゃない」
力のないか細い声。その声は風にかきけされながらも彼の元に届く

「生きていればいくらだって変わる事が出来るでしょう?!死ぬ必要なんて・・・・・・ないでしょ・・・・・・?」
空はだんだんと紅に飲み込まれていた。
「私はリセットしない!」

今までにないほど良く響いて強い誓いだった
「たとえ私が『消えて』しまっても、誰かの命を消してまで生きていたくはないもの」

もしも5年以内に50の魂を集めなければ彼女は他の魂と同じように消えてしまう。



それでも――――――

「リセットボタン、見せてくれるか?」
急な問いかけに戸惑った。しかしポケットの中をあさり、

彼はまじまじとその「死のスイッチ」を見つめる
「14」と書いてある数字に目が止まった。
「これは?」
「私が今までリセットしてきた数――」

「・・・・・・やっぱりお前は俺をリセットした方が良い」
「?!」
「お前が消えたとしたら、この14人の魂も消えちまうんじゃないのか?」

 私以外の13の魂。覚えている。
どの人とも会話をした事もなければ名前を聞いた事もないが、顔と、心の声だけは記憶されてる。

辛い、死にたいと言う苦しみを、それから開放された喜びも全部。確かにその人達の魂は無駄にしたくはない。





けど

「頼む。これが俺の最期の頼みだ」
「そんなの」



「そんなの許さない!」
思わず立ち上がり、声を荒げる。
生きている時にこんな声を出した事があったろうか。
「だってそんなのおかしいでしょう?他人に迷惑かけないで生きている人間なんて居ない!
みんなそうじゃない!!
なのに・・・・・・なんであなただけが、なんで死ななくちゃいけないの?!」

「それでも俺はやり直せるなら」

「あなた」

「リセットしたら」







「消えてしまうのよ?!」





言ってしまった。

「やり直すことももう二度と出来なくなる!!」

言ってしまった。



「もう、生きられないんだよ・・・・・・?」

でも、これでいい。私が消えても、彼は生きていけるもの。
「活きて」いるかはわからないけど、少なくとも生きていける。

これでいい

「違う」
ずっと俯いていた。
けれど顔を上げると、すぐ近くに彼の顔が目の前にある。
優しくて
夕陽色に顔が染まっていた。


「だって俺はお前の一部になるんだろ?」
彼らの魂を使って、新たな彼女をつくりだす。

「それってさ、確実に生まれ変われるってことじゃん?」



「俺だけじゃない。今までリセットして来たやつもおまえも、全員生まれ変われるんだ」

「はっきり言って、リセットってあんまりいいものだとは思えないけど、
お前が生まれ変わる事でその人達への罪滅ぼしになるんじゃないのか?」

「つみ・・・・・・ほろぼし?」

「他人に迷惑をかけない人間は居ない。ならその罪を償えばいい。許されなくても、
きっとだれか救われる――――」

「俺が死ぬのも、みんなへの罪滅ぼしだから・・・・・・」





涙なんて出なかった。





でもわたしは。





こぶしを握り力の限り彼の胸の辺りへ殴打した。





その手の中には
















カチッという短い音だった。













彼は微笑み、「ありがとう。・・・・・・奈月・・・・・・」









と。











彼の体がゆっくりと倒れると、
公園の電気が点灯される。











陽が沈んだ――――――。















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彼女は、とある街のビルの屋上に立っていた。人気はなく、
コンクリートで固められた簡素な屋上は、きっと立ち入り禁止なのだろう。
そんな場所に立っているのには理由が勿論ある。

リセットすべき人間を見つけるためだ。

リセットというのは結構制約が多い。

一ツ、 5年以内に49人のリセットを終わらせる事。
一ツ、 「リセットボタン」を使用してリセットする事。
一ツ、 「生きているもの」の魂を生きているうちにリセットする事。
一ツ、 真に死にたいと願うもの、あるいは死に瀕した人間の魂のみを奪うこと

二つ目と三つ目は、破ったらどうこう、とかいう問題ではなく、
この条件以外ではリセットのカウントにはならないのである。
しかし四つ目に至っては、「生きたい」と願うものではリセットする事すらままならない。


ゆっくりと目を閉じ、自分の「見えない境界線」を広げていく・・・・・・
境界線がひろがっていくに連れ、境界線の中に入ったものの声が彼女に届くという仕組みである。

彼女の耳に、心の中に人々の気持ち心の声がなだれ込む。

雑念、想い、切望、期待、不安、憂い・・・・・・。それぞれが混じりあいながらも独立して、交錯して、彼女に届く。
「誰がリセットすべき存在なのかを見極める」ため。

「・・・・・・・・・見つけた・・・・・・かな?」
少女は、ふわりとビルから飛び降り、空気に溶け込んだ。



生きる事って結構めんどくさい。
でも生きて行きたいから。


幸せじゃなくても。

恵まれてなくても。





あなたのために、あなた達のためにがんばるから。







生きてみせるから。



















リセットorリセット 完。

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