砂時計が沈黙した日

プロローグ

部外者亜紀と雅也の話

「明日世界が滅亡する!」
 彼の熱弁に微動だにせず、私はティーカップをスプーンでかき混ぜている。
しばらくこぶしを握り締めたままその体勢でいたが、あまりに私が無反応だったので

「――って言われたら、亜紀ちゃんどうするよ?」
 と、椅子につき、恥ずかしそうな顔をしながらつぶやいた。
「滅亡しないわよ。きっと」

「もしものはなしだよ〜いふいふ」
 甘ったるい声で話し続ける。じゃまくせぇなこの男は。

「僕はさー、何もするべきではないと思うんだよね」
「はい?」
 小さな渦が出来た紅茶に口を付ける。砂糖入れすぎたかも。


「だからさ、いつもどうりに学校へ行くべきだと思うんだ」
「なんで?」
「単位取れないじゃん」


 顔の半分を歪ませる。何を言っとんのじゃボケナス。
「世界が滅びるんじゃないの?」
「そうだよ」
 今一要領がつかめない。こいつの話はいつだってそうだ。
「それじゃあ単位を取ろうが取るまいが関係ないじゃないの。馬鹿?」
「馬鹿ではない」
 きっぱりと断言してブラックコーヒーを飲む。眉間にしわを寄せて、
砂糖とミルクに手を伸ばした。


「それにさぁ、なんか話にロマンがないのよね。ふつう愛する人の所に行く、
とかさぁ。最期まで一緒にいようね、とかさ〜」

「じゃあ亜紀ちゃん僕の所に来てくれるの?」


「嫌よ」

「なんでさ」

「嫌だから」


「む。理由じゃないよそれ。『30字以内で答えよ』」
「あ・い・し・て・な・い・か・ら」

 指折り数えて見るが、30字には遠く足りそうもなかった。これでは点数はもらえないな。


「しどい!!亜紀ちゃん僕のことそんなふうに」
「思ってるわよ?」
「それがお茶をご馳走してあげてる彼氏に言う言葉?」

「お値段リーズナブルな学校の食堂で、だけどね」




遠くで生徒達が騒ぐ声が聞こえた。軽く咳払いして

「……カフェテリアと呼んでくれ。かふぇてりあと」
 妙に発音よさげに言うが、どう見ても食堂にしか見えない。どう逆さに見て頑張っても。
 論点がずれている。と仕切りなおして


「それにさ、今も世界は滅びているんだと思うんだよね」
「環境破壊とか?そういえば今日バスで来てたね。環境破壊だぁ」


 それとは違うんだよとにっこり笑う。
「世界が終わるていうのは地球が壊れるって事じゃないんだよ。
その人の人生とか、その人そのもののが終わる事をいうんだと思う」
 へぇ、
 もう一口紅茶を飲む。冷めてきてるな。


「で、結局なにが言いたかったわけよ?」
「死ぬ時期なんてわからない。ってこと」
「いや、そんなもんあんたに言われなくても解ってたんだけど」


 そんなことは聞きもしないで独り満足げに頷いている。馬鹿だ。


「でも、死ぬんだったら好きな事した方が悔いが残らないと思うんだけど?」


 無理して単位取りに行かなくたっていいじゃないか。


「それが甘いんだよ。だって死ぬ時期がわからないんだから。
そういう風な考えを持っていて、今好きな事にぱっぱかお金使ったら老後が大変だよ。
年金もらえるかわかんないよ?」
 なんかやっぱり話がかみ合ってない気がする。

「じゃああんたは死を宣告されたら学校行くの?」
「それが当たらないかもしれないじゃないか。今の医者はヤブだからね」


 医者もお前には言われたくはないだろう。お前にだけは。

「つまり世の中に断言できることなんてないんだよ亜紀ちゃん」
「ふーん、」
 もっともらしいが、こいつは結局何が言いたかったのかは私には解らなかった。

 すると、ティーカップがかたかたという音を立てた。
 半分くらいまでのこっていた紅茶が波紋を広げている。


(じし――――)
 ぐらぐらっと床が揺れた


 結構強い!
 女子生徒のオーバーとも思える悲鳴が響いた
          しかし地震は程なくしておさまった。

「け、けっこう大きかったねぇ」


 あれ、

 あいつはどこにもいなかった。一体どこへ

「亜紀ちゃん」
 テーブルの下から声がした。
「やっぱり死ぬ前には悔いを残さないように自分の好きな事をするべきだと思うよ」






 小さく縮こまりながらテーブルの下でそういった。



 別れようかと思った。戻る