どくん どくんどくん どくん どくん 深い闇の中をわたしは漂っていた。 思考をやめ、ただその闇の中に身を任せている。 それは気持ちよくて、自分のすべてが肯定され、世界が自分を歓迎しているかのように ひどく心地の良いものだった。 けれど、あたりが少しずつ明るくなってくる。 そして、そのままあたりが明るんでくるほどに、どんどんと恐怖感や苦しみ すべてがわたしを襲い掛かってくる。 いやだ。 もう「あそこ」には戻りたくなんて無い。 苦痛が脳をかき乱す。もがき苦しめば苦しむほど 余計に苦痛が沸き出でてきた。 どくん どくんどくん どくん、どくん、どくんどくん、 急に息ができるようになった。 と、同時にむせ返り、口からなにか塩辛い液体が出る。 息を切らせながら、ゆっくりと重いまぶたを開いた。 そこにあったのは一色。鮮やかな空の青だった。 磯の香りが鼻をくすぐり、ゆっくりと深い呼吸を繰り返すわたしの肺に浸透してきた。 漣(さざなみ)の音が鼓膜をゆすぶり、ゆっくりと思考を巡らす私の脳髄に割り入ってきた。 そうか。わたしは死ねなかったのか。 服が海水を含み、とても気持ち悪かった。 小さいころ着衣水泳という馬鹿げた授業を受けさせられたのを連想させる。 上半身だけを起こすとそこにもまた青があった。 それは本当に青く、偽者の青のようにさえ思える。 大げさに青。 もう一度深呼吸をする。 どうしてだろう。 それはどこか、「産まれた」時の感覚と似ていた。 そんなものはとっくの昔に忘れてしまっていたけれど、 気持ちの良い空間に漂い、そこから流れ出るときはひどく苦しかった。 そして産まれると、こんなにも青い空がわたしを迎えてくれたのだ。 せめてきれいな水のあるところを、とこの場所を死地に選んだのに、 そのきれいな水がこんなにも死を望んでいたわたしの心を洗い流してしまっている。 わたしは体をぎゅうっと抱きしめる。 仏教では、生まれ変わり、母胎にいるときまでは生前の記憶を持っていると言われているらしい。 そして、その産道から出るときの苦しみですべてを忘れてしまうのだ。 もう一度この世界に生れ落ちたわたしはすべての苦しみを忘れることはできなかったけれど、 ただ、この空と海の青さだけが、わたしのこころをどこまでも染めていた。 「飽くまでも青い」終。 →「愛しい言い訳」へ →あいうえお題一覧へ |