砂時計が沈黙した日

 生存者 いきるもの達の話

1.しょうねん

「ノスタルジー」などというものは、所詮故郷のある者達の自己陶酔でしかないのだろう。

自分を不幸だと思い込んで幸せになっているだけだ。
自分は不幸で、他人は幸せで。そうおもえば、自分は楽に生きていける。

他人を憎む事と言うのは案外簡単な事なのである。

全てを拒絶すればいい。

自分の心の赴くままに――――

彼女は、天国を目指す。

争いの無い
殺しあう必要の無い
幸せでいられる

天国。

そんな場所が本当にあるのだろうか。
正直今まで旅をしてきて、そう思った事は数え切れないほどにある。
あれはただの「あの少女」の戯言だったのかもしれないし
それにあの少女を信じることすらも無意味なことだったのかもしれない。

それに、この世界にそんな穢れの無い場所など無いと言うことは
十分に承知していたのだし・・・

しかし、それは一人の少年によって唐突に現実味を見出すことになった。

「天国の場所を知っている」

白亜がこの2年間、共に生き抜いた「相棒」を求めた少年はそう言った。
そして、「自分は神である」とも。

「おいこら、ボサっとしてんじゃねえ」
「・・・・・・・・・」

苦い物を噛み潰したような顔をし、じろりと目線で返事をすると

そこにいるのはこぎれいな格好をしている少年。

選定と運命を司る神、選定者「レドノ」。

どう逆さに見ても10歳前後にしか見えないのではあるが、内に秘めたその大きな力は
二つ名に負けることなく強大で相応しかった。

「神」とは

一体どういう存在なのだろう。

前はなんとなくあやふやな存在ぐらいにしか考えていなかったし、
(というか日本と言う国は信仰心が薄い)

逆に「神様」を信じているというと小馬鹿にされるきらいがある。

ゆえに曖昧だけれども困った時には調子よく頼み事をするような物でしかなかった。

そういえば「流水玉」といったか。彼が私からあの剣を奪おうとした時に「武器」として放ったあれは。

ピンポン球サイズの、青い透明な玉を粉々にして、それを再構築し、
あらゆる形状に変える事が出来るのだと言う。

(作者のつぶやき:本編とは関係無し:錬金術みたいなもんやね。鋼のれんきんjy――(ヤメロ)

正直それがどういう構造でどうしてそんな風になるのかはよくわからず終いだったが。
それはやはり「神業」なのだろう。どうせ説明を聞いたところでわかりはしないことはわかっているし。

そんな風にのろのろと天国を目指し、

レドノと白亜が共に天国を目指してから3週間が経った。

「・・・・・・・・・・・・煙」

「それがどうかしたのかよ?」

傾斜が緩やかな丘に差し掛かると、白亜が声を潜めながらつぶやいた。
そこからは荒廃した世界が見渡せ、きっと2年前だったら美しい景観が目に飛び込んできたであろう
小旅行には丁度いいそんな場所だった。

剣に巻いていた布を取り去り、その名とはまったく正反対な銀の刃が鈍く光らせる。
「煙」
煙はそこら中から流れている黒煙とは違い、白く、何かを煮炊きしているような白い煙だ。

「人がいるな」
「だから何だって言うんだよ」

「悪いけれども、もう食料が無いんだ」

自嘲的な空気を含んだ言葉をぽつりと吐くとわずかにレドノの右頬が引きつるり急に血相を変えた。
「まさか、ジャーキーにするのかよ?」

嫌悪感を含んだ眼差しなど気持ちのよい物ではなかったが、
「仕方ないんだ。お前とは違って私は腹が減るんだから」

もう一つ、一番レドノが神だと思わされるのは「食物を必要としない」ことだ。
彼はまったく物を食べることも水を飲む事もしない。
白亜も食欲を押さえるつぼにピアスをしてあるために1ヶ月近くは食事をしなくても生きていけるが
それでもピアスを外した時の「リバウンド」がきついのでまったく食べないというわけにはいかない。

「無抵抗の人間を襲って、自分の中に取り込むのか?」
「私だって別に無抵抗な人間を襲ったりなんかしたくはない。
しかし、それが必要な時もある」

髪をかき上げ、体力を消耗しないように気を付けながらさっと走り抜けた。

ついていけない、

といったように、あくまでマイペースにレドノは白亜を追った。
















煙が立ち昇る場所は、そこからそれほど時間がかからない距離だった。
ゆっくりあるいてこのくらいだったのだから、走っていった白亜はすでに到着しているだろう。
そこはどうやら集落のようになっていて、見渡せば簡素な小屋やら畑やらが見えていた。
どれも貧相で急ごしらえな脆さが漂っていたが、それでもそれは「生活」していた。

(こんな人間もいたんだなぁ・・・)

しかし人の気配がない・・・まさかもうみんなジャーキーになってしまったのだろうか?

風が流れると、人の気配を感じた。

(白亜・・・?それだけじゃないな)

複数の人間の気配。血のにおいは―――しない

「あぁ、お前か」

「・・・なんなんだよ、これ」

見て見れば大勢の(とは言っても20人あまり)老人やら中年やらが白亜にひれ伏しているではないか。
あるものは神にすがるように頭の上で手を合わせ、
あるものは大地をなめるように顔を下に向けていた。

「なに?命乞い?ジャーキーにはしないでくれって?」
「半分正解」

皮肉交じりの笑みはその人々を見下していた。
出会った頃から思ってはいたが、
白亜という少女には歳相応の若さと言うものが著しく欠けている

神である彼に言われるのはきっと不服であろうが、彼女も自分と同じく、年齢を感じさせない。
おそらくこの境遇があの彼女を産んだのだと自己完結させた。
それはきっと触れてはいけないことなのだろう、と。

その集落の人間の言うことをまとめればこんな具合である。

ここは生き残った人間達が集まって、農作物を作ったりして細々と生きている場所なのだと言う。
しかし近頃その農作物を狙った「盗賊」が村をおそって、食べ物を根こそぎ奪われてしまうが
それに対抗する手段がなくて、どうする事もできない

と。

「で、なんで盗賊退治なんてものに行くんだよ?」

ところどころが崩れた神社の長い階段。
そこが盗賊たちがねぐらにしている場所らしい。
朱塗りは見事に剥げ、ぼろぼろに崩れ落ちた社は不気味さをふつふつとかもし出している。

「お化け屋敷みたいね」
「なんだそれ」

「こっちの話」

人の気配は確かにある。確実に。

しかし様子を伺っているのか決して姿を現そうとはしない。こちらから乗り込んで行くというのも
一つの手ではあるが、あまり奥ばったところで囲まれてしまったらこちら側の武器が
リーチの長い剣と弾丸のように飛ばすことで威力を増す水晶の刃なので
圧倒的不利な状況に陥ってしまうのが目に見えている。

しかし、このまま向こうがくるのをただその場に突っ立っているだけというのは
なんだか間の抜けたものがある。

「ひゃぁぁあああぁ」

「?!」

社の奥から子供の悲鳴が聞こえた。
(子供・・・?まさか)

子供と言うのはこの時代生き残ることが大変な事で、
餓死したり殺されたりなどということが多く、子供の声など久々に聴いた。
「おいおい、頭は餓鬼じゃねぇだろうな」
「あんたが言ってどうするのよ」

「た、助けてください!!!!」

出てきたのはやはり子供で、レドノよりも幼い小学校低学年ぐらいの少年だ。
どうしてこうも立て続けにイレギュラーな事が起きるのだろうか――
あの日からすでにバランスを崩しているのは確かだったが、
世界が少しだけ、また違う方向へ変わった気がする―――

そんなことを白亜が考えている間に、数人の人間達が駆けつけてきた。

「てめぇら、よくもわしらの食い物を盗みやがりよって!!その意味わかっとんのかい」
自分達が少年の仲間になっている事はどこか否定した方がよさそうだったが、

手間が省けた。

「まったく、どこでも同じような事言うのね」

「あ゛?何を言っとんねん」

「大体それは村の人から盗ったものでしょ。良く言うわ」

「じゃかしいんじゃ。餓鬼だろうがわいらは容赦せえへんでっ?!」

背中にかけてあった鞘から細身の日本刀を抜く。鍔のないそれはドスと呼ばれていたものだ。
周囲に居た人間もそれをぬく。

後ろに居た少年に目配せをして「逃げなさい」とだけ言い残し、

向かってきた人間たちを迎える。

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