「また好きな人ができただぁ?」

美冬の告白を聞いた武士(たけし)は心底呆れ、前髪よりも少しつむじ寄りの部分をかきむしった。

「うん、そうなの」
武士の呆れきった表情など破片も気に留めることなく、美冬はうっとりと茜色の空に心の中の彼を重ねた。

「っていうかひとつだけ確認して良いか?」
「うん。いいよ」
「俺たち、付き合ってるよな?」
「なに今更いってんの?」
今更じゃねーよ、ボケ。
「あの・・・・・・・・・それはつまり、『別れよう宣言』として受け取ってもよろしいでしょうか」
「それを今そうだんしているの」

美冬は俗っぽい言い方で言うと「天然」ってやつだ。
よくわけのわからない発言をするし、ぼーっとしていることも多い。
この前は良くわからないおじさんに付いて行こうとしていた。


だから彼女がこの世間で生きていくには自分が守ってあげなければならないと武士は思っていた。

けれど、告白して彼女と付き合うことになったという報告を聞くや否や、
たいていの友人たちはその顔を引きつらせ、罰ゲームを受けることになった人間を送り出す瞳で
「仲良くやれよ」と一歩離れる。


彼女のことを知る人間はこういう。

「微笑む嵐」だと。
美冬は正直顔が良い。かわいい。多分誰が見ても一般的には「かわいい」に属している。

しかし彼女は「恋多き乙女」なのだ
本人から聞いた話、現在16歳の彼女はその短い人生の中で両手では到底足りない人数の男性と付き合い
他人の手を何本も借りなくてはならないほどの男性を好きになってきたと言う。
おまけに、その付き合ってきた男は全員彼女から告白し、彼女から別れを告げたのだ。
晴天のごときその微笑に惑わされ、嵐のように男の心をかき乱し、去って行く。
そんなイメージから「微笑む嵐」の異名が付けられた。

そう聞いて色々なことを心配したが、
付き合ってきた男達とは最長でも三ヶ月しか付き合ったことは無いらしい。
最短では十分とか言っていた。
(「付き合ってください」「はい」十分後「・・・・・あ、やっぱり別れましょう」「え」
 という間抜けなシチュエーションを思い浮かべてしまった)

彼女の「魔性」――――否、「恋多き乙女」な性格とわかっていてなお、
彼女に告白され、浮かれて好きになってしまうという男は後を絶たない。
(武士もまたその一人だが)


「私ね、武士のことまだ好きなんだよ?」
「うん」
「でも満くんのことが好きなんだぁ」
「ふーん」
満とやらがどんな馬の骨だか知らないが、思い切りぶん殴りたい。

(それは決して「目を覚ませ」という意味ではない。「俺の女に手をだすな」という意味だ)

「私、どうすればいいんだろう」

「どうすりゃいいって俺に言われてもな」
あきらめろ。そんな満なんて男、あきらめてしまえ。
それを言うだけの根性も押しの強さもない自分を理性と言う名の自分が責め立てている。


美冬は大きくため息をつく。
肩にかかる黒髪の先をいじりながら、
「どうして私って、一人の人をずっとすきになれないんだろう。
 そうできればこんな思いしなくてもいいのに」

「・・・・・・・・・」
「それにさ!」
急に怒ったような顔で武士の方を向いた。 (その瞳はかすかに涙をため、夕日に照らされ光っていた。不覚。どきどきしてしまった)
「誰かを愛するっていうのはすばらしいことだと思わない?
 誰も愛せないよりも、誰かを愛するって悪いことじゃないよね?」
「それは・・・・・・」
「ね?ねぇ?」


確かにそうかもしれない。
誰かを愛するというのが、自分を、その人生を百八十度回転させてしまうことだってある。
誰かを想うという気持ちは、その人をとても素敵に魅せる。
彼女のかわいさというのも、常に恋をして生きている所為なのかもしれない。

そう、もしかすると不倫は文化かもしれない!




――――って待て。

「それはただ飽きっぽいっていうのを美化しているだけじゃないか?」
「うっ。  でもでも、マンネリは人間にとってよくないのよ?常に変化と刺激を求めないと」
「たった十分でマンネリ?」
「うっ」


夕日が呆れたように、ビルのその向こうへとはけて行った


「愛しい言い訳」終。

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っていうか別に愛しくはないよね。その言い訳。