「おじいさん、何をしているんですか?」

僕がそう老人に声をかけると、大儀そうな顔でこちらを向いた。

海の無い田舎の町へ、ほんの些細な用事で来ることになったのだけれど、
その途中に農作業をしている老人に出くわした。
ほんの気まぐれの社交辞令で声をかけてみたが、その老人は僕を視線で隅々まで舐めまわすと
思い切り顔をしかめながら鼻をすすった。
「見ればわかるだろうに」
老人は耕された畑に何かの種を植えているようだった。
「何の種ですか?それ」
「嘘だよ」
「へ?」
「嘘の種だあ」
まじめそうな顔つきでまた腰をかがめ、その『嘘の種』とやらをまき始めた。
僕は乾いて引きつった笑いをかすかに浮かべ、なんとか話を切り上げる策を練り始めた。
この爺さん、ボケてるよ。

「嘘、ですか……はは……」


「君にも経験あるだろう。つく意味も無い嘘を付いてしまったり、
 次々と饒舌に嘘が出てしまったり」
そういうと、腰をたたいた。深く刻まれたしわが、太陽の光を浴びて余計に際立つ。

そのしわの中にうずもれた瞳は真剣そのものだった。
「まぁ確かにそれくらいありますよ」
「不思議だとは思わんかったのかね」
怪訝な視線を送り続ける僕を気にする風もなく、
その老人は語り続けた。
「そんな嘘つかなければいいのに、と思うのに
 口が勝手に動いっちまう」
「……」
「それはな、お前さん達が『嘘』を食っちまっていたからさ」
そう言った老人はさも面白そうに笑ったが、それは冗談を言ったときの笑いとは少し違う、
他人の笑い話をするときの笑いにどこか似ていた。
「嘘を食べる?」
「そうだ。嘘。その嘘を私は作っているのさあ」
嘘。嘘とは何だ?何のことを指している?
この老人の言っていることが「嘘」そのものではないだろうか。
「その嘘とやらはどんなものなんですか?」
「なんてこたぁない。決まってねえもんさ。
 菜っ葉みてぇなやつもありゃ、芋みてぇなのもある。麦やら米の形した嘘もあるなぁ」

にたりと笑う。それは昔見た肌の赤黒い鬼が意地悪な笑いを浮かべているのに似ている気がした。
「そうやって人は気づかねぇうちに嘘を食っちまうのさ。
 そしたらもう嘘をついちまう。無意識下の欲求が嘘をつきてぇって騒ぐんだ
 ほとんどの人間は気づいちゃいねぇがな」
口を半分あけたまま突っ立っている僕を見つめ、さらに続ける。
「そんなもの需要が無いだなんて思うだろう。
 ところがどっこい。嘘ってぇやつあ厄介だってことくれえ知ってるだろ」 ふと、考えてみた。
もしそんな『嘘をつかせる食べ物』というのがあったとしたら。

それと気づかず口に入れてしまえば、それは災難としか言いようが無いけれど、
もしそれを誰かに食べさせれば?


嘘は時に自分の立場を悪くする。
本当は悪い事をしたのに「やってない」と言ってしまって
後々どうしようもないことになったという経験は誰しも一、二度はあるのではないか?
子供のころなら「仕方が無い」とすむけれど。

あとは「嘘」を自分で食べたっていい。
ほんの出来心だった浮気が彼女にバレたって、
それっぽい嘘をでするりとかわし、適当に褒めちぎれば彼女だって
「私の勘違いだったのね」と笑ってくれるんじゃないだろうか。

これは、

もし、老人の言っていることが世間の裏に隠されていた真実で
僕が何も知らなかっただけなのだとしたら――――。

確かに老人の言っている事はおかしい。
そんなものが理論的にはありえないような気がする。


しかし、だ。
こんな辺鄙なところだからこそそういう奇妙で不思議なものも昔から伝わっているかもしれない。
僕はいつの間にかそう思っていた。
体がうずうずする。

「おじいさん」

「なんじゃい」


「その嘘、今はありますか?」
「あぁ、そうさなぁ………うちの家に『嘘』の貯えがあったかもなあ」
「ぜひ、それを譲って、いや……買わせていただきたいんですが!」


「あぁ、構わない。しかしだなぁ」
またさっきと同じように僕の頭からつま先まで見回す。
市場で品定めをするような目つきだった。
「あんまり取れんもんやき。そうそう安くはないぜ」
「構いません。頂けるのなら」
嘘がどれくらいの値段かは知らないが少々の事は気にしない。
それが手に入るというのであれば――――





 そうして老人は思うのだった。

今日も立派な嘘を植え付けることが出来た、と。



「嘘を植え付ける」終。

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この作品を読んで、「は??良くわからん」と思った方は
常識から考えてください。そうすればおのずと嘘が何なのかわかるはずです。