ブラインド越しに強い陽射しがまぶたをつつく。今、何時だろうか。どうしてこんなに明るいのだろうか。もしかして
 がばりと起き携帯を手に取ると、流石におはようは言い難い時間だった。
 冷やっとして勢い良くクローゼットまで走ってスラックスとワイシャツに手をかけた。

 が、はたと今日が休みである事に気付いた。
 小さく悪態をついてベッドの上に寝転がるが、一瞬の緊張が完全に俺の目を覚ましてくれたらしく、どれだけ強く目を瞑っても眠りの気配は見えてこない。
 あぁ、久しぶりの休日だと言うのにもったいない事をした。しかしこうも完全に目が覚めてしまったら起きないわけにもいかない。

 それにしても長年続く習慣とは恐ろしい。日曜イコール仕事だと体が完璧に覚えてしまっている。
 のそのそと起き上がり、ブラインドを開けた。ため息が出るほどに良く晴れた日曜の朝だ。……どちらかと言えば昼なのだけれど。


 床に転がる発泡酒の空き缶を蹴飛ばして台所へ向かうとすぐさま湯を沸かした。
 俺の、時間がある朝の習慣だ。
 湯が啼くまでの間テレビを観る事にして電源を入れると、歌の下手なアイドルが何か変な事を言って会場を湧かせていた。黒いサングラスをかけたあの人の笑う姿が画面いっぱいに映し出される。
 彼はほとんど毎日テレビに出ているが、自分の時間と言う物はあるのだろうか。ちょっとだらしない口元を見ながら思ったが、きっと彼は彼なりに自分の仕事を楽しんでいるのだろう。
 ほんの少しだけ、うらやましく思った。


 顔を洗い、髭を剃り、歯を磨き終わると湯が沸いた。高音を発する薬缶を火から降ろし、魔法瓶のポットへ湯を移す。
 入りきらなかった分を、インスタントコーヒーの入ったマグカップに注ぐ。
 コーヒーの香ばしい薫りがじんわりと広がってゆく。
 熱い液体に細い吐息を吹きかけて一口啜れば、苦味が舌を刺し眉間にしわが出来る。
 喉が焼けるような感覚を味わいながら朝のゆったりとした時間の流れに身を任せると、体が浮いてしまいそうな気分になった。
 久々の休日、何をしようか。なんていったって完全なオフだ。時間はたっぷりある。何をしよう、何をしよう。

 そういえば半年ぐらい前に買った読みかけの本があった気がする。すごく分厚くて読むのが億劫になってしまったんだ。
 導入部分が退屈で、世間の評判はそれなりに良かったがどうにも続きを読む気が起きない小説だった。
 それを読もうか。

 コーヒーをすする。テレビの中は相変わらず楽しそうだ。

 たまには散歩に出るのも良いかもしれない。だってこんなにも心地よい日曜だ。日ごろの運動不足を解消するのにも丁度良いじゃないか。
 そしたら帰りに喫茶店でお昼にしよう。確かあそこにはかわいいバイトの娘がいたんだ。今日も出勤しているだろうか。

 そんなことを考えていたら次第に笑えてきた。
 なんだ、やる事なんて沢山あるじゃないか。

 正直なところ俺は少し怖かった。仕事人間だった俺が久々に休みを取り、果たして何が出来るだろうか、と心配していたのだ。
 自分には仕事しかないのではないか。仕事の事しか考えられないのではないか。自分に趣味なんてあったことすら忘れていた。

 散歩の帰りにDVDでも借りてこよう。映画を沢山借りてこよう。
 時間なら山ほどある。
 こんなにものんびりとした日曜なのだから。
 これから何をしようかと考えると心の底に広がる荒廃した大地に草木が芽吹くような気持ちになった。


 八年勤めた会社を辞めた、次の日の事だった。



 「サニーサンデイ」 終

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 もっと生々しい二十代後半〜三十代独身男性の生活を描きたかったのですが
十八歳に書ける代物ではないし、うだうだ書いてもつまらないのですっぱり切ってしまいました。
 三十歳になったらもしかして書きなおすのかもしれませんね(苦笑)