通夜が行われている最中、何ともいたたまれない気持ちに挫けて斎場の外へ出た。
 今まで縁遠い人間の通夜にならば行ったことはあったが、友人の通夜に行く事になるとは考えもしない、考えたくも無いことだった。

 いや、今回の場合は前々から覚悟は出来ていたことだったのだけれど。
 どれだけの心構えがあったとしても、その悲しみが軽減されるなんてことはなかった。

 まだ十代の彼がどうしてこんなにも早い死を迎えなければならなかったのか。神様なんて信じる性分ではないけれど、もし本当にいるのだとすれば相当意地が悪い。
 ふと顔を上げると斎場の前にある植え込みのブロックに制服姿の少女がちょこんと腰をかけているのが見えた。
 僕の同級生の室井奈美だ。
「奈美ちゃん」

 名前を呼んでも反応は返ってこなかった。自分の心臓がきゅっと萎縮するのがわかった。
 室井奈美は、
「―――お焼香、あげないの?」
「………」
「会場に居なかったよね。まだなんじゃないの?」
 彼女はうな垂れたまま何も答えなかった。

 彼女は死んだ流也の恋人だった。
「あいつの遺影とか見たら、多分泣く」
 のどの奥のほうからこみ上げる何かを必死で押さえ込むような声。
 僕が知っている快活でハキハキとしゃべる彼女からは想像もつかない姿だった。
「泣いたっていいじゃん。だって悲しいのは当たり前だろ」
「だめなの」
 だめなんだ。
「それね、遺言なの」
 ほんの少し彼女の体に灯がついた。彼女が流也の事をしゃべるときはいつもそんな風にぽっと明るくなる。
「あいつね、病院のベッドで言ったんだ。『俺は精一杯頑張ったから。』って。『頑張って生きたから、泣く必要なんて無い。しみったれた雰囲気ってあんま好きじゃねぇ』ってさ」
 バカでしょ? と上げたその顔はちゃんと笑えていた。涙なんて流さずに、しみったれを吹き飛ばすような笑顔。
 けれどそのつま先立ちをするような姿を見ていると、どうしようもない悲しみが僕の胸を焼き付ける。
「俺にはよくわかんないけど」
 もっと優しい言葉をかけてあげたかった。彼女のそばにそっと寄り添い、その悲しみを癒してあげたい。
 それが男としてなのか、彼氏の友達としてなのかはあいまいな境界線ではっきりとは区別がつけられない。
 けれどそれでも、僕はあいまいなままでその場を離れた。

 彼女のそばにいてあげるのは僕の役目ではない。それは、もうここにはいない「彼」の役目なのだから。
 とても心配そうな顔をしながら彼女に寄り添う半透明の流也にそっと別れを告げた。


 だいじょうぶだよ。手なんか出さない。だから早くお前も、お前が行かなくちゃならないとこへ行けよな。


「そっと傍で」終。




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三角関係じゃねぇですよ。