ルームランナー



三日かけて行われる祭りが嫌だった。誕生日に行われる花火大会が嫌だった。
毎年毎年「街中の人がお祝いしてくれてるみたいでいいね」というからかいが嫌だった
道行く人の笑顔が嫌だった。浪人生の夏が嫌だった。大学生の友達が嫌だった。
真っすぐなナンゴクの笑顔が嫌だった。頑張るナンゴクの姿を見るのが嫌だった。
何もかもが嫌になる自分が嫌だった。


部屋のベッドに横たわり、コルクボードにかかったカレンダーを見る。誕生日が一定のリズムで近付いてくる。
まるで地球最期の日を歌っているように。

たまらずに枕を投げようとして、でも結局床に叩きつけるだけにした。


俺は何をやってるんだ―――。


いつも体の中を何かがうごめいているような感覚がしている。
情けない自分に対しての憤りや、他人への羨み。
そういうものがいつも体の中を血液と一緒に巡っている。

くだらねえ。と冷ややかな目線を送っても、本当は羨ましいんだ。
ナンゴクの笑顔だって、本当は好きなんだ。好きだけども、好きでいてはいけない。


彼女を幸せには出来ない。ならば、別れるしかないだろう。

とどのつまり俺は素直じゃなくて不器用な人間なのだ。
ナンゴクは今、何をやってるんだろう。
寝返りをうって小さく丸まった。

泣いたりはしない。





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夢を見たんだ。
ナンゴクの夢。

彼女は一生懸命自分のしたい事をして、楽しそうに笑っている。

だけど俺に気付くと表情を強張らせて、「なんで頑張らないの?」と言った。
夢の中だけど、高校二年の時のことを思い出した。

「なんで頑張らないの?」
「うるせーな」
期末考査の凄惨な結果を眺めため息をつくナンゴクの横で、俺は机に突っ伏していた。

「アタシ知ってるんだから。野々宮、本当は勉強が出来るの」
「んなこたぁねえ。俺はご覧の通り大馬鹿者だ」
「そうね。それはそうだ」
肯定するか、そこ
「見て」 と、ナンゴクは自分の結果を取り出す。
「ほら、アタシ化学苦手だったんだけど、頑張ったら、八十九点も取れたの」
「あぁ、そりゃめでたい」
なんでだかわかる?と前髪をかきあげてから俺の顔を覗きこできた。

「勉強したからよ。あんた勉強なんて全くしてないでしょう」
「・・・・・・」
「そりゃ点数なんて取れはしないわ」
勝者の笑みだ。とその時はむくれながら思っていた。
「もういいじゃねぇかよ。頑張れるってのも才能だ。俺にはその才がない。それだけのこった」


俺がそう言った後のナンゴクと、今夢の中に出てきたナンゴクの目は同じだった。
無言で俺を責める、逃げ出したくなるような深くて温かい瞳だ。
慈悲と愛情から来る愚者を哀れむ瞳。
けどそれは、俺にとって単なる槍でしかないのだ。 ―― そんな目で見ないでくれよ ―― 俺は
頑張るって何だ

何を頑張る



だって何も   俺だって
だから

    違う?
嫌だ
      嫌だ
                             嫌だ
やめてくれ


           そんな目で



俺         を        
                     見


「!!!!!」

目が覚めた。
寝汗がすごい。息切れ。
ゆっくりと上体を起こし、しばらく虚空だけを見た。


夢から覚めたけれど、本当の意味では覚めてないのだろう
と思いながら水を飲む為に台所へゆっくりと歩いて行った。



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花火大会当日は小雨がぱらついていた。
夜までに止めば花火大会は開催される。
しかしこのまま雨が降り続けば中止になる。



賭けをしている側としては実に曖昧な天気で困る。どっちに転ぶかわからない。


あいつ、何やってるのかな。



そういえばそれにしても冷やし中華だなんて無茶な事をする。
どうしてたこ焼きとかそう言う無難なものにしいないんだろう。
あいつは昔からそうだった。

クラスの女子どもがアイドルにキャアキャア言ってても、まるで興味なし、と村上春樹を読んでいた。
スカートは膝丈だったし、化粧っ気も全く無くて、たまに他の女子が「ナンゴクさんって変な人ー」
と陰口を叩いているのを聞いたこともある。
だけれど変に明るくて、誰かと違うことをやりたいと思ってたんじゃなくて、
あいつはただ自分のしたい事をしていたんだと思う。
「スカートを短くしないのは寒いから!靴下が白なのは白が好きだから!
 化粧はまだ十年早い!アイドルみたいな軟弱男に興味無し!」
選挙の演説みたいな口調で答えてくれた事もある。
ナンゴクとはそう言うやつだ。


・・・・・・だめだ。あいつの事を考えるのはやめにしよう。
これ以上は身が持たない。



頑張るってなんだろう。

一回目の受験。俺は頑張ったんだ。
受からなきゃって、精一杯頑張った。
でも


でも受からなかった。
あれだけ一生懸命にやったのに。
あれだけ時間をかけてきたのに


なんで?


二回目の受験は頑張れなかった。
やる気が無いって口には出してたけれど、本当は手が震えた。
あれだけ頑張ったって受からなかったのだ。これから何をすればいいのだろう。

そうこうしているうちに、周りは俺を置いてどんどんと離れていった。
友達は大学生活を満喫し、
ナンゴクはラーメン屋の修行にいそしんで。

俺だけが何もしてない宙ぶらりんな状態。
結局十九の時も落ちた。


どんなに一生懸命頑張ったって周りにはどんどん置いていかれる。
そうだ、まるで滑車かルームランナーのようだ。

汗をだらだら流して走っているのに一ミリも進まない。なんと間抜けな姿だろう。

このまま永遠に雨が降り続けばいいのに。


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ナンゴクと同じく小雨が降っても諦めがつかない連中がこの町に流れ込んできた。
それを見下すように見下ろして、鼻でせせら笑い、少し久しぶりの参考書を取り出した。
色々な公式を当てはめて長ったらしい計算が必要な問題ばかりを選び、ひたすらにかりかりと解き続ける。
余計な事を考えてしまうと途中でこんがらがるので丁度いい。



それが何故祭りの会場にいるのだろう。

だんだんと傘をさそうかさすまいか非常に迷うほど雨足が強くなってきているというのに、この賑わいは何だ。

まだ日が沈んだばかりだというのに。

うざったい。

夜店もなかなかの賑わいで、時折食べ物のおいしそうな匂いと氷を削る音が流れてくる。
楽しげだが、この雰囲気がどうにも馴染めない。
そんな中で俺はただ一人を探していた。


お好み焼き屋、焼きそば屋、わた菓子、あんずあめ、ヨーヨー釣り、金魚すくい、
かき氷、宝さがし、落書きせんべい、チョコバナナ。
どれもメジャーでありきたり。
そんな中浮いた店が一軒だけ。
忙しそうに麺を茹で、湯切り、プラスチックの皿に盛りつけてる、華奢な体の、少女と呼んでも違和感の無い女性。

首にはタオルと実にオヤジ臭い。

そこでも彼女は一生懸命だった。

「冷やし中華だってー」
「へー、珍し」
「ねー」

通り過ぎていく人はその珍しさに目を向けるが、誰も冒険する気もないようで、
あまり繁盛はしてなさそうだ。

「雨降ってるな」
「いらっしゃ――あぁ」

客が俺である事を確認するとすぐさま作業に戻る。
「賭けは俺の勝ちだ」
「まだ祭りは始まったばかりよ」
「往生際が悪いぞ」

「絶対に負けないよ」


「だって、私はどっちも譲れないから」
「そういうのウゼぇんだよ」
「・・・・・・え」

別れなくちゃならないんだ。

「お前はいつも奇麗事ばっかりだよな」

俺なんかと付き合ってたって、意味が無い。

「そんなわけもわからねえことで頑張って、適当な虚勢張って、それって結局何になるんだよ」

俺なんかに捕らわれてちゃ幸せになんてなれっこないんだ。

「くだらねぇ。何だよこのあり様。結局客もロクにこねえんだろ」

こんないい所の無い俺なんかといたらだめだ。

「こんな事やってたって意味無いじゃねえかよ」

もっと他の男見つけろ。

「それで、なんでお前はいつも笑っていられるんだ」

忘れるのはお互い難しいと思う。だけど、いつか

「大馬鹿者ね。ここまでバカだとは思わなかった」

「      」
「客は来ないわ。これが売れなかったら大赤字。
 そうね、そうよね。客も来ない屋台なんてくだらない。そう見えるでしょうよ、ええ」
ナンゴクは真っすぐこっちを見ている。
あの目だ。
ナンゴクのあの目だ・・・・・

「だけどね、アタシは負けたって何だって絶対に途中で投げたりなんかしないわよ。
 頑張らなかったことで後悔するより、やることやって、散々ぼろぼろになったほうが清々するわ」
「嘘だ。
 そんなのは絶対に嘘だ。どれだけ頑張ったっていい結果が出なくて、裏切られたら悲しいし辛ぇよ。
 お前は本当にぼろぼろになったことがないからそんなことが言えるんだろ?!
 清々なんて、しなかったよ。

 だったらやらない方がマシだ」

「それでもアタシは頑張ったって、胸張って言える。
 それが出来ない野々宮は、本当に頑張ったって言えるの?」
「!」
「帰ってくんない?商売の邪魔」
下唇を噛んで、一玉一玉、湯切りをする。
その手が微かに震えていた。

俺はたまらずその場を駆け去った。


*******************************************************
友達はみんな、大学に受かった。
中には一浪したやつもいたし、一人だけではあるけどまだ浪人生ってやつも。
けれどそいつは俺と違って「獣医になる」という確固たる目的を持って浪人生活を送っている。

では、俺は何故大学に行こうとするのか。


知らない。


ただ、周りが行っているから。他の道を探すのが面倒だから。
流されるだけの人生とは、意外と楽だった―――。

人波を泳ぎ、ようやく人気のない場所に着くと、屈み込んで息を整えた。


ナンゴクは恐ろしい。

人の一番痛い部分を的確に突いてくる。

そうだ。
俺は本当に頑張ったのだろうか。

ルームランナーなどと格好付けて表現したが、
本当にそんなものに乗っていたか。

薄暗い闇へ向かうのが怖くてその場で足踏みしていただけだ。
その闇の先にある光が信じられなくて、どうしようもなくて、
だからルームランナーに乗って走っているという理由をつけて、自分を騙していた。
俺は、本当に頑張っていたのか?






 ひんやりとした石段の上に座り込む。
少し湿っていてズボンが汚れてしまうかもと思ったけれど、そんな事を考えられる心境ではなかった。

遠くで人の賑わう音をぼんやりと感じながら
俺は何も考えられなくなっていた。


頑張るってなんだろう。
俺は頑張っているつもりだったのに。
でも他人から見たら頑張っているうちにはいらなかったのだろうか。

―― それでもアタシは頑張ったって、胸張って言える ――
ナンゴクの言葉が胸に刺さったまま、一向に抜けない。




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考える事すらもやめてしまって何時間経っただろうか。
いつの間にか雨は止んでいた。
前髪をかきあげ、大きなため息を吐いたら、一気に力が抜け、膝を抱えてうずくまった。。

そろそろ祭りも終わる。
俺とナンゴクは別れて、それから俺はどうしよう。


「おい、万年浪人生」

「!」
勢い良く立ち上がって振り向くと、淡い光を背に浴びたナンゴクの姿がそこにあった。
なんだかめまいがするのは立ちくらみのせいだ。


「・・・・・・・・・」
その姿に何も言葉を発する事が出来ない俺を笑いながら
「まぁ座りなさいよ、そんなところに突っ立ってないでさ」
と、今まで俺が座っていたすぐ横に腰を下ろした。
耳の奥で甲高い音がする。ゆっくり座った。


ほら、とナンゴクは手に持っていたものを俺の方へとよこす。
「あれからねぇ、サクラ使ったらお客さんどんどんきちゃってさー」
冷やし中華だ。黄色い麺の上にきゅうりとトマトと薄焼き卵とハムが載っていて、透明なプラスチックから姿を覗かせている。
ご丁寧に割り箸もついている。
「それが最後の一つ」
「――――」
「誕生日おめでとう」


こんなんでごめんねぇ、と照れたように笑ってナンゴクはそっぽをむいた。
「・・・・・食ってもいいか?」
「え?・・・・・・あ、うん。うん」
割り箸を割って、麺をスープに浸してから口へと運ぶ。
少し伸びてしまっている気がするが、スープがいい味をしていて、すごく旨かった。
「まぁまぁなんじゃねーの」
「そいつはどうもね」

俺も素直じゃないな、と思った。ナンゴクの事が好きだ、とも。


「さっきはごめんね。偉そうに」
「お前は間違ってねーよ」
「ただね、アタシは・・・・・頑張ってる野々宮の方が好きだからさ」



「なぁ」
「あのさ、あの・・・・・あのね」
ナンゴクは一本の筒を取り出した。


「花火、打ち上げない?」
花火があがらなかったら俺達は別れる。
そういう賭けだった。
「そんなん反則だろ」
「いいでしょ。打ち上げ花火にはかわらないもの」
まぁ、いいか、と笑って、もう少し開けた場所へ移動した。






三本目だ。

マッチをこすって、火がつかなくて、折れて、
「なぁ、やっぱむりなんじゃねぇか?」
「んなわけないってば。だって、花火打ち上げなかったら・・・・・・」
「ほら、もう賭けなんていいからよ」
「良くない!」
四本目が折れた。

「なぁなんでマッチなんだよ。もっと他になかったのか」
「これしかみつからなかったんだって」



五本目が折れたところでナンゴクはかんしゃくを起こし、マッチ箱を叩きつけた。
すると

とてつもない破裂音が周囲に響き渡った――――
ひゃあぁとかぎゃああとかうわぁだかなんだか二人でわめいて、
背後を見ると、

火花が粉雪のように舞い散った後だった。


「花火?」


「っぽいな」


「一発だけ?」



「っぽい」






「・・・・・・賭け。アタシの勝ちだね」


「だな」


驚いた拍子に、いつの間にか手を繋いでいた。


それが少し恥ずかしかったけど、気付かない振りしてしばらくそのままでいた。




「あ、明日手伝ってね」
「なんだそれ」

「何よ、アタシが勝ったら明日の夜店手伝ってって言ったじゃない」
そういえば・・・・・・
「なんじゃそりゃ、オイ待て、俺は仮にも浪人生でこんなこと」
「まぁいいじゃない。また残ったやつあげるからさ」
「・・・・・それ、バイト代?」

「勿論」

「絶対嫌」
「男らしく負けを認めなさい」



すぐに手を離した。


でもとりあえずは、これで良かった気がする。

この夏の思い出は、ほんの少しだけ俺に気付かせてくれたから。

変な空気に笑いながら、花火を片付けようとしたら、もう一発花火があがった。
結局俺達は花火を観る事はできなかった。
打ちあがる事の無かった小さな打ち上げ花火だけが一輪の夜の花が咲く所を見たのであった。


終。





















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後書き。

えー。こちら様は一次創作小説同盟さまの第二回企画“テーマ小説”に提出させていただいた作品であります。
“人物設定として二十歳の人間を重要な人物として登場させる”
“必ず「最後の一つ」という言葉を作品に入れる” 
“10個の単語から2つ以上いれる”

破れたシャツ
海の花
花火
夏の思い出
白い世界
冷やし中華
かき氷
星を掴んだ
伝説
蒸せるような熱気

という制約がある中で書きました。
制約って言うほど辛いもんじゃないですけれど。
ほら、どことなく作品中で見覚えがある単語が踊っているでしょう↑

とりあえず頑張るってどういうことだろう。
をからめながら作りました。
身に覚えがありすぎて困ります;
書いている時本当に辛かったです。
「わかってるんだよ、宿題とか勉強とかやらなくちゃいけないことなんて。  でもどうしても怠けちゃうんだよぉぉぉ」と(阿呆
本当に怠け癖がついてしまって困ります。

途中から構想も巧く行かず、最初の方を書いてしばらくは放置してました。
んで、夏休み終盤、「ユグドラシル」というBUMP OF CHICKENのアルバムでドーピングしつつ頑張りました(涙


とりあえず久しぶりの恋人同士の話だったので、キモくならないよう頑張りました。
恋愛物って下手すると吐き気を催すんですよねぇ。俺。

二人の口調がなるべく自然になるようにがんばったのですが。

しかし諸星さんことナンゴクさん。
こういう自分を持ってる人ってのはいいですね。素敵です。

しかしただの偽善者系になりそうで。もっと黒い設定が(殴

ちなみに最初は主人公女にしようと漠然と考えていたんですが
今考えてる作品が丁度野々宮を女にした風なので、被る事を恐れ(今更)男にしました。

地の文で一人称俺というのは初の試みでしたが、それほど違和感なかった(よね?





それからスペシャルサンクス悠季姐さん(姐さん言うな
今回初めてスタイルシートで行間の設定やら文字の大きさやらを設定しました。

教えてもらった後自分で色々いじりましたが。
お陰でいつもよりかは見易くなってるかと。本当に感謝です。


追記:コレを書いている時、まだ宿題終わってません(自爆
あーどうしよ(笑)




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