間奏

「テン様」

「は?」

なかなか美しい街並みの一角にある落ち着いた雰囲気のカフェでお茶を飲んでいたテンは、
危うく白地に真紅の薔薇が描かれたティーカップを落としてしまうところだった。

「敵?!」

つくねが自ら発言すると言う事はほとんどテンの身に危険が迫っている時なのだ。
しかし「いいえ」と首を振るのを見てからカップをソーサーに置き、尋ねた。

「じゃあ」「「どうしたというのですか?」」

急に石が割り込み、開きかけた口の居心地の悪さを噛み締めながらもう一度カップに口を付けた。

つくねはわずかに石の方へ視線を傾け、

「そろそろ『願い』の方はお決まりになりましたか?」

と無機質な声で言う。そういうことか、と納得はしたのだが、どうにも返答し難い問だ。

「うーん、まぁある程度は決めてあるんだけどねえ」

「「なんなんですか?」」

「けどこいつは随分とひねくれ者だからね。
あげあしとられないように、もう少しじっくり考える事にするよ」

「「失敬だな」」

「けれどもいつまでも旅を続けて行く事はできないのではないでしょうか」

「うーん・・・・・・そう、だね」

引きつる笑顔を見せてポケットの中の携帯通信機を確認した。
この旅を始めた次の日からずっと電源は切ってある。

そろそろ限界だという事はテン自身が一番理解していた。

「石」の所有者となり、テンが以前の所有者達に会う旅に出る事になった時
テンの両親が
「つくねと御者のハドムを連れて行く事」「定期的に連絡を入れる事」という条件で許可してもらったのだが
後者の約束はほとんど破っているに等しい。

無論ではあるが理由も無く切っているわけなどではない。「切らざるを得ない」のだ。

どこの誰が3時間に一回かかってくる通信機の電源を入れておくだろうか?

テンの両親は常軌を逸脱するほどに過保護なのだ。

――もっとも、「テンの家の身分」を考えればそれくらいの心配は普通なのかもしれないが。



「うん。わかった。この次の人で最後にするよ」

「「テンの前の人ですよね。会っても多分何も得られないと思いますよ
実に欲のない人間ですから。
なんていったって『俺の前から失せろ』って私に言ったんですからね!

それよりもどうです?このもう少し先にあるゴシークの街にリヴェロさんという人がいるんですが。
・・・・・・ってあぁ、今は「犬」になっちゃってしゃべれないんでした。

あ、タクティルさんなんかは?今は立派な絵描きさんになって・・・・・・」」

「いいよ、別に。誰を見たって結果は大して違わないだろうし」

真剣な眼差しで虚空を見つめる。なんとなくカップを口に運ぶが、
どこか「間」を埋めるための動作でしかなかったような感じだ。

テン自身すら気付いていないが、その先に旅の終わりを見ていたのかもしれない。

「さて、それじゃあ買い物に行ってこようかな」

ポケットからコインを探し、テーブルの上の伝票を手にして立ち上がる。すると

「テン様」

と、つくねがいつもの控え目な口調でテンを呼んだ。
今日はどうしたのだろう。こんなにもつくねが自発的に発言するとは・・・・・・

雨でも降るのかもしれない。

「申し訳ございませんが、もうすこし、システムのスキャンをさせてはいただけないでしょうか」

「あれ、まだ終わってなかったか」

高性能機械人形である(バ、なんとかという機種名だったはず)つくねは、
本来メンテナンスを1年に1度ほどすれば
過度に戦闘モード設定でもしない限り、システムのスキャンは必要ない。

しかし、ある事情から普通の技師にメンテナンスを依頼できないため、こうして一週間に一度は
不具合がないかどうかスキャンしなければならない。

テンの家に帰れば技師もいるのだが、多忙の為、旅に同行させるわけにもいかず、
危険な橋ではあるが、つくねに渡らせているのだった。

しかし今までに問題もなく、こうして無事旅を続けてこれた。

「じゃあもう少し待つよ」

「「結構です」」

「つくねのセリフだろう。それは」

「「テン、お使いなら一人で行ってください。もう一人で行ける歳ごろでしょうが」」

「それとこれとは関係ないと思うんだけど」

「「もういいじゃないですか。はっきり言いますよ。
私はつくねさんと二人きりでお話したいんです。

たまには私だってお美しい女性とお話がしたいんです。ロマンティックに語り明かしたいんです」」

「・・・・・・つくねは機械だよ?」

「「私は石です」」

負けた。

「まぁ、それでもいいけども」

ちらりとつくねの方に視線を送るが、

「石でしたら私が守っておきますので。テン様はお一人でごゆっくりなさってはいかがでしょう」

「・・・・・・ま。それもそうだね」

それじゃ、と席を立つ。










「「良かったんですか?」」

テンの背を見送りながら石が、さっきとは打って変わって真面目な声色を出した。

「「テンを守る事。それがあなたに与えられた最優先命令でしょうに」」

「この街は治安が良いですし。それにテン様のことですのでハドムさまと行動を共にすると思われます」

「「ハドムって・・・・・・あぁ、御者の。
テンも他人に頼ってばかりでどうしようもないですねぇ」」

「テン様がお育ちになった環境があれですから。一人で行動なさるということは経験がないのです」

「「これだから金持ちは」」

「壊されたいのですか?」

「「ごめんなさい」」

 


「それに」

横目で石を見て、意味ありげな様子で

「あなたには一度お話しておくべきだと思ったので」

 

「「・・・・・・わたしもぜひお聞きしたいですよ。

すくねさん」」

その答えを待ってましたと言わんばかりに意地の悪そうな声で言う。

そう言ってその自分が呼ばれた名を口の中で反芻する。
まぶたが落ちたぐらいの変化しか現れないが、明らかに自嘲するかのような仕草だ。

「その名前で呼ばれるのは何年ぶりなのでしょうね」

「「さぁ?『つくね』と言う名はテンが?」」

「えぇ。マスター登録の際に聞き間違えたらしくて」

「「テンらしい」」

呆れたように石は笑うが、今、共に談笑してくれる存在はいない。
気まずい沈黙だけが無意味に流れる。

 

「「・・・・・・あの時の主人がテンの父上さまというわけではありませんよね」」

「はい」

「「よろしければ、あなたの事を教えてはもらえませんか?」」

「ええ。それはあなたの頼みであれば」

機械人形とは主人に忠義を尽くす。

しかし彼女にとって

この「石」とはそれに次ぐほどの存在なのである。

「あなたが私に継承させてくださらなければ、私はあのまま永久に苦しみ続けていたところでしょう」

「「礼には及びませんよ」」








「私の前の主人は、テン様のようにお優しい方でした」

「「例えがあまり適切ではなさそうですね」」

「殺しますよ」

「「お話を続けてください」」

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