「では、これから説明いたしますねえ」
場違いに明るい女の声。それと対をなすように周りは真っ暗だった。
「あなたにはこれから49の魂を集めてもらいまあす。」
「はい?」
女の前には、闇色のセーラー服を着た少女が立っていた。
「49人の『人生』を『リセット』して魂を奪っちゃうんでいす。
そしたらあなたの魂を含めた50の魂を使って新たなる『あなた』を作ってもらうんでぇす」
質問いいですか?と少女が小さく手を挙げる。どうぞお、と明るい声の主。
「あの、要領がつかめないんですけど。全く」
「あー、なるほどなるほどう」
腕を組み、そう言うのいるのよね、結構。とぶつぶつ呟く。
「えっとですね。あなたはもう死んでまあす」
驚愕の事実。衝撃が少女を襲・・・・・・わなかった。
あぁ、そうなんだ、とまるで動じず、今日のうちの晩御飯は焼き魚なんだ、と言われたような反応だ。
なぜならば「死」と言うのは彼女にとって非常に日常的だったのだから。
少女には死んだ時の記憶というのがまったくないのではあるが、
まぁ死んでしまったというのだからきっとそうなのであろう。あり得る話だ
「死んだ人間っていうのは、魂だけの存在になって、もろい存在になっちゃいますから、
普通は消えてなくなっちゃうんですね。
でも、運良くあなたは転生の資格を与えられましたぁ!ぱちぱちぱちいいいいい」
「・・・・・・・・・」
「?」
「・・・聞いてもいいですか?」
「どおぞ?」
「一人の人間が49人も殺してたら人間っていなくなっちゃいませんか?」
「大丈夫です。だって絶滅してないじゃないですか、実際」
「いや、答えになってませんよ。だって計算的にはどう考えても・・・」
「あー・・・えっと転生できる人は限られてます。ですが、魂というのは日々生まれているんですよ」
「生まれている?」
「はい、赤ちゃんのうち98%が新しい魂で、2%くらいが転生できた魂なのですよ」
・・・・・。
「ご理解いただけましたか?」
「ちっとも解りませんが、解らなくても困らないようでしたら解った事にしておきます」
そうですか、とにっこり。・・・いいのだろうか?
そうして、少女は病院のナースコールのような「ボタン」を手渡された。
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「あ―――――――畜生!!」
腹の中のムカムカを思いっきり、転がっていた缶に八つ当たり。
情けない事だってわかってる。だけどどうにも出来ないんだ。
八つ当たりする少年のほおには殴られたような痕、着ていたブレザーは土ぼこりにまみれていた。
明らかに喧嘩に負けた少年、と言った様子である。
―――――ついてねぇなぁ、いや、と言うよりもついていた事なんかないけど。
何をやってもうまく行かない。くじでもひこうものなら十中八九はずれ、凶、大凶。
期待したものには必ず裏切られ、望んだものは手に入らない。
そういう運のない、つまらない、不幸な15年を送ってきたわけだ、俺は。
ちきしょう、あいつら、手加減ってもんを知らねぇのか、こんちくしょう。痛ぇなぁくそ。
今に見てろよ・・・ぼこぼこのぐちゃみそに・・・――――
痛む頬を押さえ、少年は寒々とした街中の人ごみに入りこむ。
しかし溶け込むというよりも、なんとなく一人だけ孤独に「浮いて」いた。
とげとげしい、誰も近づくんじゃねぇオーラを纏っているのである。
こんな性格だから、彼には友達と言うものがいない。
人を信じない、頼らない、頼られない、はっきり言ってつまらない人生だ。
――そう、やり直せるもんならやり直したいさ。「リセット」・・・したい。
「「させてあげようか?」」
誰かの冷たい声が、耳の奥に響いてくる。脳に直接、自分の思考の中に入り込んでくるような声。
誰だ?
振り向くと、闇色のセーラー服を着た少女が立っていた。
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少女は、とある街のビルの屋上に立っていた。
人気はなく、コンクリートで固められた簡素な屋上は、きっと立ち入り禁止なのだろう。
そんな場所に立っているのには理由が勿論ある。
リセットすべき人間を見つけるためだ。
リセットというのは結構制約が多い。
一ツ、 5年以内に49人のリセットを終わらせる事。
一ツ、 「リセットボタン」を使用してリセットする事。
一ツ、 「生きているもの」の魂を生きているうちにリセットする事。
一ツ、 真に死にたいと願うもの、あるいは死に瀕した人間の魂のみを奪うこと
二つ目と三つ目は、破ったらどうこう、とかいう問題ではなく、
この条件以外ではリセットのカウントにはならないのである。
しかし四つ目に至っては、「生きたい」と願うものではリセットする事すらままならない。
(結構生きる事ってめんどくさいんだなぁ………)
そう思いながらも彼女は彼女に課せられた使命を全うするために。
ゆっくりと目を閉じ、自分の「見えない境界線」を広げていく――
境界線がひろがっていくに連れ、境界線の中に入ったものの声が彼女に届くという仕組みである。
彼女の耳に、心の中に人々の気持ち心の声がなだれ込む。
雑念、想い、切望、期待、不安、憂い・・・・・・。それぞれが混じりあいながらも独立して、交錯して、彼女に届く。
「誰がリセットすべき存在なのかを見極める」為・・・・・・。
その混じった声の中に、最も簡単にリセットできるような人間の声が含まれていた。
「「「やり直せるもんならやり直したいたいさ。「リセット」……したい。」」」
「・・・・・・見つけた。」
少女は、ふわりとビルから飛び降り、空気に溶け込んだ。
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(………誰?)
声が聞こえたのは気の所為かも知れないが、どうにも彼女はこちらを見て、冷たい笑みを浮かべている。
さっきの言葉は、確実に彼にあてたものだと直感でわかった。
「リセット、させてあげようか、っていったの」
怪訝そうな目で、彼は彼女をしげしげと見る。
歳は自分よりも大体1〜2歳ほど下で、喪服のように上から下まで真っ黒な制服を着ている。
肌も白く、儚い印象すら見受けられる。
そんなモノトーンな中で、胸元のスカーフだけが動脈血のように鮮やかに赤く、脳に焼きつくように印象深かった。
「何で………」
どうして知っているのかというニュアンスの返答に、得たりという表情をかすかに浮かべた。
「あなたがそう望んだから知っているの」
足音もさせずに一歩、彼の方へ向かう、本能的な恐怖に襲われ、彼は一歩後ずさりをする。
「怖がらなくたっていいじゃない。ほら、」
周りは、誰も居ないんじゃないか、そんな不気味な感覚が身体の中に満たされる。
確かに周りに人はいる。
なのに誰も自分を見ていないような、よそよそしく、なんだか不安定で、おぼろげで・・・。
いつもと何一つ変わりはしないけど、違和感がゾクゾクと走り、駆け巡っているのだ。
「お前、誰なんだよ?」
「・・・・・・・・・さあ?」
「は?」
「自分が自分であるなんて、そんな事を言える人間なんていないもの」
いや、わけわかんないし。
「あぁ、それとも固有名詞を訊いているの?」
こゆーめーし………………あぁ、名前だ、と国語の授業を思い出した。
「奈月。そう言われていたし、そう言っていた。」
あなたは?そう促されたがのどが渇いて、上手く言葉に出来なかった。
「く・・・・・・黒田」
「黒田・・・覚えておく。私の一部になるんだものね」
「は・・・・・・?」
まったく何を言ってるのか解らず、呆然と口を開けていることしか出来なかった。そんな彼に構いもせずに彼女はまた
「私はあなたの望みを叶えてあげに来たの」
「だから、どうして俺の望みなんて知ってんだよ?」
「感じることが出来るからよ」
「かっ?」
「あなたがそう望んでいたから、私はその気持ちを感じることが出来たの」
こいつはきっと何かの病気かなんかなのだと思う。
普通の人間ではない、
その点では彼の思考に間違いはなかった。しかし根本的なところが間違っているのに彼は気付かない。
「話しが出来る人間とは初めてだわ・・・。話し、聞いてもいい?」
ますますわけが解らなくて、めまいを感じた。少し世界がぐらつく。このまま世界が消えてしまえばいいのに・・・・・・
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