わけが解らないまま、彼は彼女のあとをついていく。
どこへいくんだろう?という疑問は抑えきれず、風船みたく大きく膨れ上がっていた。
「どこが落ち着ける場所がいい」
急に彼女は声を出し、それでも顔は向けず、前へ言う。
「どこか知らない?ここいら辺に詳しそうだけど」
「さぁな。落ち着けるところなんてないよ、この街に」
他人ばかりが行き交う街、他人行儀で、無関心で、冷たくて。誰もが急いでいる、そんな街。
仕方のないことだ。だって他人なのだから。誰かの人生など知る由もなく自分の事、自分の悩みで精一杯なのだから。
――――そう。俺の苦しみなんて解らないみたいにさ――――
「この街が嫌いなの?」
「別に」
そんな彼を一瞥して、また前を向き歩き出した。
**************
着いた先は、がらんとした公園だった。
おまけに簡素で、ベンチと砂場とわけのわからない動物らしき石の置物があるだけだ。
「死んでるって誰が」
「だから、私」
「寝言いうにはまだ早いぞ」
「寝ているのはあなたじゃなくて?」
もしかすると寝ているのかもしれない。頭が思考をやめ、もう彼女の言っている事を受け入れようとしていない。
彼女はすでに死んでいて、生まれ変わるために魂を集めている。
そして俺は今まさにそれを実行される寸前まで来ているということか。
まるで断頭台か首をつる縄の目の前に立っているようだ。
比喩にしてはあまりにそのまますぎて逆に不適切な感じがする。
「で、聞かせて欲しいの。あなたの事」
彼女は尋ね、返事を聞く前に質問をつづける
「どうしてあなたはそんなに死にたいと思うの?」
何を言うかと思えば・・・・・・
「そんな事をなんでお前なんかにいわなきゃ何ねえんだよ」
吐き捨てるように言うが、彼女の方はなんとも思っていないのか
「決まってるでしょう?あなたは私の一部になるからだって言ったはずよ」
当たり前の事のように返す。
「私はあなたの口から聞きたいの。あなたの言葉で」
こいつ、マジでトチ狂ってやがる・・・
本当にこいつは俺をリセットできるとおもいこんでるんだ。
これはまずいモノに捕まってしまったとどうしようもない後悔が産まれる。そして
「お前なんかに付き合ってられないんだよ。帰る」
そうだ。こんなやつになんでついて来てしまったのだろう?構わずに帰ってしまえば良かったんだ。
「ちょっと待って・・・・・・!」
彼女の制止を振り切って、帰ろうとする。
「あなたが死にたいと願うのは、全てが嫌いだから!」
!!!
「何事も上手くやれない自分が嫌いだから」
な・・・?!
「そんな自分に味方してくれない世界が嫌いだから!」
彼は絶句した。同時に全身に悪寒が走った。
「最初にそれを感じたのは小学2年生の時、その時に弟が産まれ、両親を弟に取られ
誰からも構ってもらえない寂しさを嫌と言うほど味わった」
「やめろ」
「それだけではない。そのころから友人も減り始め、次第にだれともかかわらないようになってきた。
原因は自分の性格。愛情を十分に受けられなかったことによる『我が儘』―――」
「やめてくれ・・・・・・!」
淡々と自分の触れて欲しくないところ、自分でも気付かなかったこと、気付かないふりをして来た事、忘れていた事、
その全てを彼女が語り始めたのだ。
「そして、小学校の高学年ではもうある種の問題児となっていた。母親も学校に呼び出され、次第に――――」
「もうやめてくれ!!!」
彼はただならぬ恐怖に怯えていた。
何故知っている?
どうして?
俺は
そんなことは忘れていた
忘れたかったのに
何故。
「・・・・・・これが私の力」
目を伏せ、少しかすれた声で
「誰かの心を覗き、想いを感じ取り、死の選別をする」
肩を震わせ、恐怖に喘ぐ俺を見つめながら感情を押し殺したような声でつぶやく。それはため息にも似ていた。
「だから私はあなたの口から聞きたかったの。こんな探るようなまねじゃなくて」
「おまえは・・・・・・一体誰なんだ?!」
その静寂は、永久にも似ていて刹那のようでもあった。
彼女は冷たい微笑を浮かべながら
「そうね、死神のようなものかしらね」
ただ、そう一言だけ言った。
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