「別にもう解ってんだから説明する必要なんてないんだろ?」
ベンチにもたれかかるように座って、うなだれる。なんだか力が出ない。
泳ぎ疲れた時のような感覚に似ていた。
理由とか、そんなものはあまり思い出したくなかったのに。
心の底で沈殿して、固まって、それがいつか掘り返せないほどになっていたというのに
今の今更そんなものを掘り返す「何か」が現れるなんて・・・・・
「そうね、そうかもしれない。けど、それはあなたの死にたいと言う理由にはならないわ」
「はぁ?」
つくづくわけが解らない。
「私はあなたをリセットするために来た。それはあなたが心の底から死にたいと願わないと出来ない」
「そこが訳わからないんだけどさあ。リセットってーのは一体どうやってやんだよ」
半ば呆れながら聞いてみる。
しかし彼女は真摯な態度で、なにやらスカートのポケットを探っている。
「これを使うのよ」
取り出されたのは何かの「スイッチ」のようなものだった。
トータライザーのようなかんじ(よくテレビ番組で意識調査につかったりするあれ。
100人がスイッチを持って居ますとか言う)
のボタンで、なにやら変なマークがついているのが少し解った。
「・・・・・・そんなもんで人が殺せるのか?」
それってかなり危険なんじゃ
「いいえ。本当に死にたいと思う人間にしか使えない」
これを持って・・・と説明を始める。
彼女は、あの女に説明された事を思い出していた・・・・・・
「えっとですねぇ。このボタン、「リセットボタン」をつかってリセットします。
使い方は至って簡単☆
本当に死にたいと思っている人を見つけたら、その人の体に触れながらリセットボタンを押すのです。ポチッと!
それでここにあるカウンタが50になったら転生できます。
あ、初期値が1なのはあなたの魂が含まれているからなのですよ。
これはどうでもいい事かもしれませんが、
リセット対象に話しかけたりすることも出来ますが、基本的にはあなたは魂だけの存在なのですから
リセット対象以外には姿は見えませんし、触れられません。
勿論リセット対象に見せないことも出来ます。
――その方が都合がいいかもしれませんね。
まぁそこそこにがんばってくださあい、
あ。あと注意して欲しい事があるんです。もしもリセット対象と話すことがあっても―――――」
・・・・・・・・・噛み砕いて、彼女の言葉で説明した。
「はぁ・・・・・・」
いまいち実感がわかない。こんなボタン一つで人間の一生などと言うものが終わってしまうのだろうか。
そんな簡単に――――。
「それで。教えて欲しいの。本当の事を」
「そんなもん・・・・・」
遠くでものすごい音が聞こえた。
ブレーキが急にかかった音と、どんという鈍い音。
その音が発せられた方に二人はふりむく。
不敵に彼女が微笑み
「ねぇ、リセットされる瞬間、見てみたいでしょう?」
なんというタイミングだろうか。
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人だかりが出来ていた。
何が起こったのか見ようとする人。
その光景のひどさに思わず口をふさいで輪から離れようとする人。
救急車を呼べ!と言いながらも自分は何もしていない人。
その輪の中に、二人は居た。
その中心では、トラックに撥ねられたのか、血にまみれながら低くうめく男が居た。
彼がその地獄絵図のような凄惨な現場であっけに録られていると彼女はぱしっと耳をふさいだ
「どうかしたのか?」
「ううん・・・・・・だいじょうぶ、『声』が聞こえただけだから」
痛い、苦しい、助けて欲しい、もう嫌だ、痛い、痛い、痛い、苦しい、死にたい、
その苦しみがまとまって彼女めがけて襲った。死を間際にした男の、断末魔にも似た声が。
「ここで見ていて」
そう言い残すと、彼女は人だかりを避け、男に近寄った。
おい!と声を上げとめようとするが、見る見るうちに男の側に行ってしまった。
他の人がとめないところを見ると、彼女は他人には見えないらしい。
血にまみれたその身体に、右手を添える。
(もう、苦しまなくていいからね。どっちみち助からないんだもの。
ならせめて、私がこれ以上辛くないように――――――)
彼に見えるように、ボタンを持った左手を大きく上にかざす。
うめき声をもらす男―――しかし、男の体に手を添えてボタンを押した瞬間
うめきと共に、男の心臓は停止した。
その光景を彼もしっかりと見ていた。
確かにボタンを押した瞬間にうめき声が止んだのだ。
「これが―――――リセット?」
恐怖とも、感動とも取れない、ぞわぞわとしたものが身体を伝う。
彼女はまだ男を見下ろしている。
遅すぎる救急車のサイレンが虚しく空に響いた。男の魂を送る、レクイエムには騒がしい、嫌な音。
彼女は、ボタンをくれたあの女の言葉を思い出していた。
「あと、注意して欲しい事があるんです。もしもリセット対象と話すことがあっても、
絶対にこの事は教えないでくださいね。
このリセットというのは―――――――」
それでも私は・・・・・・・・・。
肉体はないが、手をぎゅっと握り締めた。
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