砂時計が沈黙した日
最終話最終章

生存者 いきるもの達の話

10.ちいさなのぞみ

やり場の無い感情。

近くに物があったなら確実に殴りつけていただろう。

「なんだよ・・・・・・なんだって言うんだよ!?

それがあいつの選択なのか!?

「そうだ」

あくまで淡々と剣は喋り続ける。

それはあくまで彼女の意志。

全てを伝えるのは最期を看取った剣の役目。

「あいつは―――なんだってこんな身勝手なヤツなんだよ」

レドノ自身もすでに何に対して憤りを感じているのか
それはもう不明なものとなっているが、

もしかするとそれは自分へのものなのかもしれなかった。



「そして少年よ」

呼ばれた壱太は顔を上げる。
剣が自分の目の前まで来ていた。
それはどこか自分が責められているようで、思わず後退る。

「お前が生き返った理由は、なんだと思う?」

「生き返った?」

そうだった。

自分は確か、刻を護るために白亜の攻撃を受け―――

「お前が、新たなる主だからだ」

主、という単語に全員が反応する。
あらたなる。

それは白亜の代理?

「しかし、世界を治す力を持っていないお前は正式な主では無い」

「何を言っているのですか?

主である白亜がもう世界を治す意志を捨てたのですから
あなたの役目はすでに終わっているはずでしょう?

この世界と共に、滅びるだけなのでしょう?

どうして新たなる主を選ぶ必要があるのです?」

「執行者よ。これこそが鍵を持つものの選択なのだ」

「何を・・・・・・?」

「終わり行くお前の世界を、その目でしっかりと見ろと―――」

あなたならきっとできる。
他人と助け合って生きて行く事が、

本来の人間らしい生き方が出来る。

それがたとえ辛い状況でも苦しい環境でも

終わる運命が決まっていたとしても

あきらめず、さいごまで

「それが、我の力を分け与え、お前の命を復活させた意味」

「そんなの・・・・・・っあの子の勝手でしょう?

あんな世界で・・・・・・どうやってこの子が生きればいいの?

まだこんなに幼いというのに・・・・・・・・・」

刻が壱太をかばうように剣の間に立ち、ものすごい剣幕で睨み付けていた。

その後ろで、顔面蒼白の壱太。

「僕に・・・・そんなことは出来ません」

「自分の世界が終わるのを見ていくなんて、そんなの辛すぎる・・・・・・」

「彼女も辛かったのではないのか?」

―――――。

「彼女も、きっとその辛さと向き合って今まで生き、

その決断を出すことにも苦しんでいたのでは、ないのか?」





「辛い事が無かったとしたら、『生きて』いるとは言えない」

白亜が唯一残した言葉。

それは天国へ向かう途中の夜。



「こんなところで寝るんですか?」

「は?」

いつものように野営の準備をしている時だ。
無論ではあるが寝袋もテントもありはしない。

ただ手ごろな地面や壁を見つけ、そこで休むのだ。

たまたま倒壊していない家屋があればそこでお世話になるが
そんなものはめったに無い。

「お前はどこで寝ていた?ふかふかのベッドか?」

確か天国から3日ほど走り回ってきたとか言っていたが。

「神は寝なくても疲れないし生きていける。大方眠るのなんて忘れてたんだろう」

そんなものなのか。

「じゃあ寝なければいい」

「えぇっ・・・・・・・・・?」

「訳がわからないなお前は。

一体どうしたいという?」

頬を膨らませてうつむく姿を見ると、本当にどう扱ったら良いのか分からなくなる。

「どうしてこんなことに・・・・・・・・・」

終いには泣き出すし。

呆れというか、怒りなのか、冷たいため息が洩れていく。

「お前は少し他人に甘えすぎているんだな」

「・・・・・・・・・」

「少し辛い事を経験した方がいい」

「・・・・・・・・・・・」

うつむく壱太とは対照的に、ほんの少しだけ笑みを浮かべ空を見る。

「生きるということは辛いさ。

時には辛い事意外は存在しないのかもしれないという錯覚を覚えることすらも辛くなる。

だけれど辛い事が無かったとしたら、それは『生きて』いるとは言えない」

「お前は、生きているのだろう?」

その表情が、どんなに穏やかなものだったのかを知る術はもう壱太には残されていなかった。











「わかった―――」

壱太!!

刻の前から出て、剣と、しっかり向き合った。
刻の静止を振りほどくように。

それはどこか母体を離れる赤ん坊のようでもあった。

「辛いけど・・・・・・・・・・」

「それは、前にもしっかりと決めたことだから」

その母体を見つめ

「今度こそ、約束は守るよ・・・・・・・・・刻さん」



壱太は、剣を掴む。






一瞬だけ光が迸り剣は白く陰っていた。

「白亜の遺志も、守れよな」

困ったように微笑んだレドノに、同じような笑顔を見せた。

「大丈夫・・・ですよね?」

「さぁな。けどアイツがそう思ったんだ。きっとできるさ。

『どんな荒れ果てた場所だって、強く生きていける花もある』」












愚かな人間達は

その手によって

破滅を迎えた。







女神によって与えられた粛清のチャンスを捨て、

利己的に

傲慢に

生きた。

それは全て自分達にめぐりめぐって戻ってきた。

そして、最後の綱である「鍵を持つもの」にすら見捨てられた。

けれどそれは

その先に待つ大きな絶望のなかに一つだけ「今」という希望を与えたのだった。

全てのいきるものは、終わりを迎える。

静粛に。

荘厳に。

盛大に。




この結末を、

あの預言者はどう受け止めたのだろう。

怒っただろうか。

笑っただろうか。

嘆いただろうか。

喜んだだろうか。

そして少年は旅立つ。

外へ。

未来へ―――――














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