生存者 いきるもの達の話

9.いきる


白亜は、それを取る事をやめた


「私は、世界の再生を望まない」


剣に表情などは無かったが
どこか不審そうに尋ねる

「何故だ。お前は生きるためにここまで来たのだろう?
そして、戻れるのならば、前の世界にもどりたいと」

「違う。

前も何も、ここは私の生きてきた世界だ」

どんなに醜く変化してしまっても
ここで生まれた事実は否定できない。

「解せん。何故だ人間よ」

「繰り返すだけだから。

・・・・・・・・・だって、今世界を治したところで、
私達はきっと、すこし世界の寿命が延びるだけで

ただ間違いを繰り返すだけだ」

「だからこそ、そうならぬよう治すのではないのか?」

ゆっくりと頭を振り、

「それは、『人間』が『人間』である限り、絶対に出来ない。

人間は、愚かだから」

静かに、さながら賢者のように。

「私達の罪は私達が償う」

その言葉に含まれている、数々の罪と命。
数え切れない罪を犯し

数えられない命を消した。

償い、などという言葉では償いきれないかもしれないのなら
滅びるしか無いのだろう。

「良いのか?もし今治さないのならば
まだしばらくは地獄が続いていくのだぞ?」

「どんな荒れ果てた場所だって、強く生きていける花もある」

あの村の人達のように。

社に向かう前、少しだけあの人達と話しをした。






「どうしてこんなところでこんな事をしようとおもったんです?こんなことをしなくても、
人のものを盗んで生きた方が楽だとは思いませんでしたか?」

すると一人の老人は、こう言った。

「確かにそれは楽な生き方なのかも知れません。
しかし、われわれは、今を生きるだけではいけないのです。

後世の為に、地を耕し、少しでも多くの家畜を増やして

きちんと生きられるようにしなくてはならないのです」

「最初はね、自害しようとも思いましたよ。

けれど花がね、咲いてたんです」

「花?」

「えぇ、とても弱々しくて、かろうじて生きている、
そんな花でした。

けれど、確かに咲いていました
そこに生きていたんです。

あんな小さな花なのにねぇ。

だから、やめてしまいましたよ」

花、か。日照量と養分不足でほとんどが枯れているだろうに

白亜は何も感じなかった。

花が咲くことと、自分がいきる事。

それがどうしてもその時は繋がらなかったのである。









「植物はさ、生存競争をしているでしょう。

それは自分が生きるためでもあるけど、

他人を殺していく事じゃないと思うんだ。

大きな木は大きな影を作って光を奪うけど

その下には影を好む植物が集まるもの。

お互いが生きるために助け合う。

難しいことだけれど、本能的にも持っているものだったんだ」

それを私は忘れてしまっていた。

私は―――生きるために他人を殺してきた。

けれど本当はそんなの言い訳で

他人が怖くて、殺すために生きてきたのかもしれない。

「本能」に逆らって「理性」で生きてきたのかもしれない。

あぁ、もっと、早くに気付けば

そうすれば

この手が血に汚れなければ

先輩達の後を追って行けたのかもしれなかったのに。






「あぁ、もう遅すぎたんだ」




本当に久しぶりに涙がこぼれた。
どんなに辛くても悲しくても、
どんなに哀れな光景を感じても、傷付いても

絶対にこぼす事の無かった涙。

堰を切って全部が流れ始めた。

その全てが、後悔――――。

「だからこそ、世界をやりなおすべきなのでは、ないのか?」

喉の奥に痛みを感じたまま、その問を否定した。

「たとえ今直しても、繰り返すだけだから。

あがないは、きちんと受ける」





ゆっくりと剣に近寄り
「私の罪も、すべて、全部、ちゃんと」

「それが、お前の、鍵を持つものの答えなのだな」

喉の奥に痛みを感じたまま、その問を肯定した。

世界の命運が決まった。

「ねぇ、一つだけ、お願い・・・・・・出来ない?」



























「心得た。その意志、伝えておこう」

「ありがとう」

その表情に浮かぶものは、以前の彼女のそれだった。

剣はゆっくりと切っ先を白亜に向け

彼女はすがすがしい顔で、その時を待つ。

一瞬だけ空気を切る音を立て、








白亜の腹部に深々と突き刺さった。







―― ごめんね、あとのことは、よろしく・・・・・・ ――














白亜の世界は終わった。

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