砂時計が沈黙した日

預言者チカコの話

1.せかいがおわる


「 も う す ぐ 」
 それはか細くて、闇に消えてしまいそうな声だった。
「もうすぐ砂時計が落ちる」
 一メートルほどの高さはあるであろう砂時計がぼぅ・・・と浮かんでいる。  これは、何の夢だろう?
「砂が落ちれば――――」
 現実味のあるアラーム音が響いた。  目を開ければカーテンの隙間から、朝の柔らかく強い日差しがまぶしい。 「「世界が終わる」」  自分がなんと言ったのか、どんな夢を見たのか、 「チカコ」はまったく忘れてしまっていた。  いつものように身支度を整え、母親に行ってきます、とぽつりとつぶやいて、外に出る。  嫌味なくらいに綺麗な空が瞳に映し出されると、とてつもなく悲しくなる。  黒い髪を目が隠れるように伸ばし、  デザイン性を無視した眼鏡、背を丸め、ひざ位まであるスカートを身に付けた彼女は、  決して明るい性格ではなかった。  他人と話をすることが得意でなく、自発的に行動が出来ない。  性格の所為で小学生のころクラス全体に虐められていたことがある。  それが要因となり、輪をかけて他人を拒絶するようになった。  高校生になった今でもそれは変わらずだった。  冬が近付いて、ぶるっと身震いした。  今年はなんだか例年以上に寒い気がする。  晩秋の候、学校の周りは色づいた木々が立ち並び、 祭りのような雰囲気をかもし出していた。  中でもいちょうの黄が、陽に透けると、訳もなく気分が高揚してくる。 それは生徒達も同じで、行事のほとんどが終わり 落ち着きも秋風にさらわれてしまったようだ。  なのにチカコは足元のコンクリートだけを見て登校している。  いつも変わる事のない小さな凹凸のある黒いコンクリート。  他人と目を合わせないように。他人が自分を笑っているのが見えないように。  ふっと急に砂時計のイメージが頭に浮かんだ。 (?……なんだろう?)  なんとなく嫌な感じがしたが、「夢の光景」であることは思い出さなかった。  チカコの学校は女子高で、教室に入れば若々しく華やかなオーラと同時に その裏に隠されたどす黒く、どろりとしたオーラが同時に襲い掛かってきた。  別に、高校でも虐められているというわけではない。  この前あった文化祭でも、何か必要があれば話もした。  だけれど仲がいいわけでもない。  私の所為であるのはわかっている。こんな暗い性格で、 話も合わないのだし当然の事だ。  あぁ、つまらない。こんな世界終わってしまえばいいのに―――  そう思った瞬間、ズキッという、頭痛に似た痛みが走る。  砂時計と、女性のシルエット、「もうすぐ」という言葉  ―――何?今の……―――  何のイメージ?  深く考える間もなく、始業ベルの音が鳴り響き、程なくして担任がやってきた。  皆はしぶしぶと席に着く。  釈然としない、なんとなく不気味な恐怖に向き合わないよう、次の時間の支度をした。  何かが迫ってきている。テスト前のあせりにも似た・・・いや、それ以上の何かを 無意識のうちに覚えていた。  砂時計がさらさらと上から下へ落ちていた。  手を伸ばし、触れようとするが身体は動きそうもない。  すると 「!!!!!!!!!!」  夢……?!何……何の夢?  チカコは授業中にもかかわらず少しばかりであるが眠ってしまっていたようだ。  だが――――  全身が恐怖にわなないていた。  なんで……?なんで私震えてるの?! 「岸田さん、岸田さん?」  隣に座っていたクラスメイトがチカコの名を呼んだ。 「えっ……」 「大丈夫?顔、真っ青だよ??具合悪いなら保健室――――」 「だい……大丈夫だからっ……平気っ」  その言葉とは裏腹に、意味不明の恐怖でシャーペンもろくに持てない有様だった。  彼女の方は怪訝そうにチカコを見ながらも、授業に戻る。  何の夢を見たのだろう。そうだ……「砂時計」。砂が落ちきりそうな砂時計。  それの何が怖いというのだろう。  それだけじゃない。  私は何かを見たのだ。誰かの声を聞いたのだ。  恐怖を。  けれども所詮は夢に過ぎない。怖い夢を見たからといって震えるなんて、 少し子供っぽ過ぎたかもしれないな。  そう。夢なのだ。  そんな風に自分に言い聞かすと少しだけ震えがおさまった。  一瞬だけ、髪の長い女性の姿が脳裏に映ったのも気の所為に違いない。  その次の時間は体育だった。運動神経の良くないチカコにとって、  それはいつも重荷であったが、今は他の問題の比ではない。 「岸田さーん、準備運動やろ?」 「あ、うん」  体育が嫌いなのはこういう点もあるからだ。  彼女は別に、チカコと準備運動したかったわけではない。 「余ったから」ということは明白だ。  こういう心内とは裏腹な関係が大嫌いなのだった。  すると、なんだか奇妙な感覚がチカコを襲う――― 「あれ」 「地震……?」 誰かがそう言うと、どよめきは一気にひろがった。 「わっホントだ!!ゆれてるー」 「結構大きいね〜」 「やだー」  その大きさのわりに、揺れはすぐにおさまった。  けれどチカコが感じたのは地面が揺れたという違和感ではない。 「あの恐怖」に似た、「妙」な感覚。 「「世界が―――――」」 「終わる……?」  意味も考えずにつぶやいた。  気味の悪いグラデーションがかった、綺麗な夕焼けのオレンジがチカコの部屋に注ぐ。  彼女は自分のベットの上に寝転んでいた。  今日は何だか気分が悪い。  たかが夢だというのに、なぜこんなにも振り回されなくてはならないのだろう。  忘れてしまえばいいのに。  そういえば……前にもこんな事が―――――  ぽっと暗闇の中に光が生まれた。  淡い乳白色の、やさしい光だった。  その中に何か、影が見える。
 砂  時  計  だ
 砂時計がその光を放って浮遊しているのだ。  その光と同じように、白くて細い腕が砂時計を包んだ。 「この砂が落ちれば―――」  あと少しで砂が落ちそうなそれに、愛しむよう頬を寄せる 「世界が終わる――――人間達はみんな、しぬ」 「すべてが終わる」  何    これ     。  パッと辺りが一変し、チカコはどこかの道路に立っていた。 「何………一体なんなの?!」  どこからともなく地響きがする。 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………  その地響きはだんだんと強大になり  地が割ける――――――!!! 「!」  チカコがいた道路が割れ、その下の闇に吸い込まれるように落ちていく。  まるで 砂時計が落ちるように 落ちていく 「きゃああああああぁぁぁぁあああぁぁぁああぁあ!!」  がばっと跳ねる様に起き上がる。  長い距離を走ったかのように息が切れ、大量の冷や汗を流し、心臓が高鳴っていた。 「なんなのよ………あれは……!」  立ち上がろうとするが、足が震えてその場を動くことは出来そうもなかった。  私は、この夢を見ていた……、 ずっと、この前からずっと……!!  何だか、あれは夢ではなかったのではないのだろうか、という錯覚が渦を巻いていた。  それほどに現実味のある、そんな夢。  そこでもう一度ぶるりと身をすくめた。 (また……なの………?)  ずっと前にも、一度こういう感覚を覚えた事がある――――  あれは小学3年生位の時だ。  近所の子供と一緒に、隣町の学校へ遊びに行った事があった。  日が暮れるまでその校庭で遊んでいて、5時のチャイムがもう少しで鳴ろうとする頃―――  小さな飼育小屋を見つけた。  中には、毛並みがふわふわとしていそうな白い兎と鶏が数羽飼育されていた。  みんなが興味を持って金網に近付くのを見て、自分も触って見たいと一歩歩み寄った    瞬間  急に視界が狭くなり、頭がぼうっとしてきた――――――  すると、スライドが映し出されるようにうさぎとにわとりの無残な姿が映し出される。  これは  なんだろう……  その気味の悪い映像にデジャヴュを感じてしまっていた。  ゆめ  そう、そのころ毎晩のように何かの夢にうなされていた。  これは夢で見たんだ 「この子達………死んじゃう……!!」  思わずつぶやいてしまった。  周囲にいた友人達は呆然と私を見ていた。  少し気味悪がりながらも、私の言葉なんて信じずに。  数日後、それらは全て死んでしまったと言う。  いや、正確には殺された。  ある朝に、飼育小屋の掃除当番の少女が飼育小屋に向かうと、 何かいつもと様子が違うことに気付いたらしい。  いつもはにぎやかな飼育小屋はひっそりとしていて  近付いて見てみると  それらは少し黒く乾いた血を流しきり、あるものはパーツをバラされて まっさらな毛をどす黒い血で染めて横たわっていたそうだ。  演技がかった声で、その目撃者は少し得意げにレポーターに説明しているのを 朝のニュースでやっていた  その知らせを聞いた友人達は、真っ先に私のことを疑った。  そして噂は広がる。 「 岸 田 チ カ コ が や っ た の だ 」  しかしまだその噂などは信じていない者の方が多く、私は特に何も被害を被ったり そう言うような事はなかった。  いや、むしろ気になるのは  夢の中に出てきたのは、白い兎だけではなかった。  こげ茶と黒の兎だった。  そう。丁度、「うちの学校にいるうさぎ」のような…… →NEXT
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