砂時計が沈黙した日

預言者チカコの話

2.だれもしんじてくれない



(どうしよう……でも誰かに言ったらまた私が疑われちゃう……)

 幼いチカコにはどうすることもできなかった。

 私が何か言っても誰も聞いてくれない。信じてなどくれない。

 いや、それどころか、私が犯人だって思われてしまう。

(一体どうすれば……)

 どうすれば。
 そういえば警察は「最近多発している異常者の犯行だ」、と発表していたはずだ。
 学校でもそういう風に説明されていた。
 それなら

 チカコは立ち上がったのだ。

「私が犯人を捕まえればいいんだ!!」

 まだ子供だった彼女は浅はかで、無知だった。

そして





「ねぇねぇ知ってる?キシダチカコ」

「何が?岸田さんの事?」

「この前のアレ、うちの学校で殺されたじゃん?ウサギとニワトリ」

「あぁ、………で?」

「本当にキシダチカコがやったらしいよ」

「え〜……前にもそんな噂あったじゃん」

「違うんだよ、今度は本当に本当!だってさぁ―――」





 カーテンに締め切られた自分の部屋に、チカコは小さくなって座っていた。

 その目はどこを見るでもなく、どこかへ投げかけられていた。

 時々嘔吐感に襲われ、学校に行くどころの騒ぎではない。



 あの夜。

 そっと家を抜け出して、学校の飼育小屋の裏に息を潜め、犯人が来るのを待っていた。

 その時のチカコには正確な犯行時刻までもわかるほど、力は強かった。

 ごくりとつばを飲み込む。

 だいじょうぶ。なんとかなる。

 わたしがうさぎさんたちをまもるんだから

 ぎゅっと胸の辺りで手をにぎりしめる。その手は汗ですこしぬれていた。

 どっというなにかが落ちたような音がした。
 びくっと身をすくめ、すこしだけ息を整えて……音の方を見る。

 男がこちら側にあるいてきている。急に恐ろしさを感じて
ぱっとまた飼育小屋の影に隠れる。

 どくん

 どくん

 どくん

 どくん

 どうしようどうしようどうしようどうしよう

 どくん
 どくん
 どくん
 どくん
 どくん
 どくん

 どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう

 ざざっという靴が砂とこすれるような音が聞こえた。

 続いて金網がゆれるような金属音。

 鍵を開けているのだろうか。

 がちゃん

 と、

 音がして、

 つづいて雄鶏の声、そして、かすかな、本当にかすかな男の笑い声。

 雄鶏は、ぎゃっと鳴いて、静かになった……

 どうしよう

 あぁどうすればいいんだろう。
 どうするつもりだったんだろう。
 そんなこと考えてもいなかった。
 私は特別な力を持っているから大丈夫だと
 信じて止まなかったのに。
 どうしよう

 どうすればいいんだろう

 あぁ助けて。

 自分の無力さを感じている時も、どうやら命は確実に失われているようだった。

 そうだ、け、警察に

 先生に?

 助けを
 呼ばなく―――――――――

 びちゃっという嫌な音がした。
 それが自分の首の辺りでした事に気付いた。

 それは手だった。

 鶏の血液に染まった男の、手。

 「ぐっっっ?!!!」

 そのまま小屋の裏から表の方へ引きずり出された。

「そんなところでなにをやっているのかな?」

 恐怖と、生臭いにおいと息苦しさに全身を支配され、体は硬直している。

「こんな夜中に………お父さんお母さんが心配してしまうよ?」

 男の声は、道化じみていてとても正常とは思えなかった。

「みたんだよね」

「ぐぅうぅっ・・・ぐ、が・・・・・・」

 さっきよりも一層首に力を込められている。

 苦 し い……!

「お兄さんがこの子達を殺すところ、見たんだよね?」

 足元には無残な姿の肉片と血液が

 どうしよう……! たすけて

 助けて………!!!!

「しょうがないなぁ、じゃあ誰にも言わないって約束したら許してあげるよ。
今見た事を誰にも言わないって、約束してくれたら」

!!!

「ほら、どうするの?」

 する!やくそくする!!

 言葉はのどにつまり、外に洩れる事はなかった。
男の手が、チカコの首を絞めてそれを許さないのだ。

「どうしたの?なんとか言ったらいいのにさ」

「ぁ……ぐぅう……」

「ぎゃああははは……ほらほら、どうしたの?早くしないと死んじゃうよぉ?」

くちをぱくつかせることしか出来ず、精一杯に何とかしようとするが、
意識が朦朧としてきた。

「ぎゃははははははは、あはは、ははははははははは」

 も     う……だめだ……

 かくん、と全身の力が抜けた。

「………おい?……おい?!」

 男の狼狽する声だけがかすかに聞こえた。

「……マジで死んじまったのかよ……?おい……」

 チカコはどさっとその場に倒れたらしい痛みを感じ

「ひぃい………ひひゃああぁぁぁ」

 男の声を見送った。

 ゲホッと咳き込み、そのまままた意識は遠のいていった






「それで、死骸が転がってる中に血まみれで倒れてたんだって!!」

「なにそれ。最初に見つけて気絶しちゃったとかじゃないの?」

「違うよ。だって服にべったり血がついてたもん。
 明らかにニワトリとかが死んだ時についたんでしょ?」

「うーん……」

「それにさぁ、見つかって以来そういう事件ぴったり止んだじゃん?
 ぜったい今までのもキシダチカコだったんだよ!」

「まぁ確かにアヤシイよね……」

「でしょでしょ?!」

「でもなんでそんなことしたのかな?」

「さぁ〜?でも前からなんかあの子気持ち悪かったんだよねーっ」

「何考えてんのかわかんないところもあったよね」

「他の所のもキシダチカコがやったのよ、きっと」

「こわー……」

「ねぇ〜っ」






 何度吐いても一向に気分は良くならない。
 体中が血のにおいを含んでしまっているようだ。

 あの朝、事務員に叩き起こされて目が覚めた。
 体中にべっとりとしたものが付着している感覚だけがあって、
頭はぼぅっとしていたままだった。

 ――――なんであたし、こんなところで寝てたんだろう―――

 今はいつだろう。何時だろう。学校に行かなくちゃ。

 学校?
 その事務員はずいぶんと狼狽しているようだ
「おっ、お前が、おま、お前がやったのか?!」

 私が?何を?
 そして記憶がじんわりとにじみ出て、昨晩の悪夢がよみがえりだした。

 その手が血に穢れていたのに気付き、また気を失いそうになった。


 その後、警察に届けだされ、事情聴取というやつを受けさせられた。
そこにあった簡易的なシャワールームを借り、体はすっかり綺麗になったが

 血のにおいだけは消えなかった。
 鉄っぽい、嫌な。

 事情を説明しろと言われても、どこをどう説明すればよいのか分からなかった。

 どうやら向こうはチカコがやったとは思っていないようであるが
(首にしっかりと手の跡が残っていた)
少なくとも多少なりともこの事件に関係があるとは思っていただろう。


 問題は何故あの時間に学校にいたのか。
 なぜそこに犯人がいるとわかったのか。

 真実を言っても信じないくせに真実を知りたがるのが大人と言う生き物なのだ、と
その歳で知ってしまった。

 チカコを疑ったのは警察だけではない。
チカコの母親までもが彼女の事を奇異な目で見ていた。

 そのことのほうがなによりもチカコの心に疵を負わせたのだが。

 そうして、ようやく症状も治まり、学校へ出たチカコを待っていたのは
終わる事のない苦痛と悲しみの日々であった。


 これ以降もしばらくの間「預言」が続いた。

 しかし、中学にあがる頃にはぱったりとなかったというのに………なぜ今頃に?

 それに、もしアレが本当に「預言」であったのなら

 世界が終わる………?

 その「預言」が外れるという事がないのをチカコ自身良く理解していたが、
その時はもう何を考えることも出来なかった





→NEXTBACK

戻る