砂時計が沈黙した日

預言者チカコの話

3.わたしだけがいきのころう

 また、砂時計の夢を見た。音のまったくない、ただ砂が落ちるだけの夢。

 これが落ちれば、世界が終わるって言うの・・・?


 煌々と光る砂時計をただ見つめているだけ。
それなのに頭の中はもやもやと思考をつなげた。

 いつ終わるのかしら。    

                 いつ砂が落ちるのかしら。

 私はどうすればいいのだろう。

 もし声を高らかに世界が終わると言ったら世界の人々はどう思うんだろう。

 絶対に信じてなんてくれないだろう。あたりまえ、と言えば当たり前ね。
 未来に絶望しながら目が覚めた。

 滅んでしまっても仕方がないのかもしれない。

 こんな人類。


 チカコが階段を降り、テーブルに着くと、テレビからニュースが流れていた。

 どれも血なまぐさく、汚く暗く、あまりよい物などではなかった。

 ―――因果応報……自業自得……自分達の所為で破滅するんじゃない――――

 手を合わせて、わかめが入った味噌汁をゆっくりとすすった。熱い。

 ウィンナーをとり、ごはんを咀嚼しながらふと

 ――――私だけが生き残ろうか……?――――

 そんな言葉が、水面に墨汁を落としたようにゆらゆらと広がっていった。
 砂時計が落ちるタイミングさえわかれば、世界がどんな風に終わるかは解らないが、
心の準備くらいは出来るだろう。
 そのくらいでもだいぶ生存率は高くなる。

 私だけが生き残るんだ。

 それがどれほどに醜いの考えなのかもわからずに、チカコはもくもくと朝食を摂り続けた。

 来るべき日に生き残るために。




 最近、わずかではあるが各地で地震が多い。
 「大地震の前兆ではないのか」という人々の声と
 「そんなことはありえない」という専門家の声が交錯している。

 どちらも正しくてどちらも間違っている。

 「世界が終わる前兆」なのだから……。

 その事実を自分だけが知っているという事は、ある種の優越感をチカコに感じさせていた。
 だが、その事を他言するのはやはりやめにした。

 私は昔のように愚かなどではない。
 自分が知っていると言うことを自慢したりということは絶対にしない。
 そんな間抜けな事はしない。絶対に。
 

 そしてひとつだけわかることがある。
 世界は地震によって破滅するんだ、ということ。
 砂時計のイメージと一緒に何度か出てきた地響きがして地面が裂けて落ちるという夢
 そして各地でおきている地震
 それらの結果から思い着いたのが

 世界中が大地震に見舞われるということだ。

 ではどうやって私は生き残ろう?

 暇になった時、チカコはそんな事ばかりを考えていた。
 今までよりも、なんとなく暇ではなくなった。

 しかしそれは同時に「今」へのあきらめの日々でもあった。


 (こんな勉強したって世界は終わるんだ)

 (こんな事世界が終わってしまうなら意味がない)

 (このドラマが終わる前に世界が終わるんだから見たくない)

 (友達作ってもみんな死んでしまうんだ)

 (世界は終わってしまうんだ)

 全てが無意味なものにしか感じられなかった



 ある、寒くて暗い雨の日だった。

 いつものように世界の終わりについて考えながら、学用品を買いに街に出かけていたのだ。

 右を見ても左を見ても人が行き交う。

 それらの全ての人々はもうすぐ消えてしまうなんて――――

 奇妙な感覚を抱いたまま強く傘の柄を握り、足早に歩き続けた。
 そういえば外に出かけるなんて久々なことだ。

 表通りを外れた曲がり角のところで、誰かの傘にぶつかった

「ぁ、ごめんなさい……」

 あれ、とやわらかい声が耳に入った。

「えーと……岸、田さん?だよね」

「……あ、えー………っと……」

 制服を着ていないが、なんとなく見た事がある顔だった

「えっと、宮野、さん?」
「そーそー」

 にこにことかわいらしい笑顔だった。
 彼女は隣のクラスの子で、2〜3回くらい話した事がある程度だったが、
 いい意味で目立っていたのでチカコでも知っていたのだった。

 明るくて人懐っこくて人気者で――――チカコとは正反対な存在。

「こんなところで会うなんて珍しいねぇ」
「あ……うん。……ね」

 あまり気の利いた事が言えない自分が何だか嫌だった。

 そのとき

 カッという閃光が走り、稲妻が空を割る

「わっ!!雷……近いね――――」

ドクンと大きく心臓が脈打った。
頭がチリチリとしてきて

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・・・・

「!!!!」

 地震?という彼女の声が聞こえた気がしたが、
 チカコはいろいろなものに頭を占領されそれどころではない

(そんな……?!)(まだ早い!!!)(だってまだ砂は落ち――)

ドドドドドドドドド

「きゃっ?!」

「終わる」

「?!」

「世界がっ終わる!?」

「 岸 田 さ ん ?」










 少しどよめきが街に残り、心が恐怖に蝕まれている中、
 宮野はチカコの肩に手を置き優しく、心配するように尋ねた

「どういうこと?世界が――――」

「終わるのよ」

「え?」

「終わるのよ……!せ、世界は、もうす、ぐ、おぉ、終わるの……っ!!」

 初めて事実を他人に話した。


 濡れるから、どこかに入ろう、と、なだめるように肩を抱いてその場を離れた。



 香りのよい紅茶だった。。少し癖のある風味のダージリンが、
かわいらしいカップに注がれている。
宮野は何層にも重なった見るクレープを頼んでいたが、チカコはそれどころではなかった。

「ふーん……世界がね」

「多分、信じてくれないだろうけど……」

 フォークでケーキをつつき、ぱくりと口に運んで
「にわかには信じがたいけど」

 胃の中に鉛が落ちてきた気がした。

「でも、嘘を言っているようには見えないけどなぁ」
「え?」

「なんか、そんな気がした」
 さっきとなんら変わりのない笑顔。

「信じて、くれるの?」

 もう一口ケーキを口に入れて、子供が絵本を読んでもらうのせがむように
「ね、もっと詳しく教えてくんない?」
 上半身をすこしこちら側に近付けてそういった。

 宮野の瞳に自分が映っているのがなんだか恥ずかしかった。




「ヨゲン?」

「そう。『預言』―――」
 『預言』と新品のノートに書いてみせた。
「普通の『予言』とは違うみたいだから、
 こっちのほうがしっくり来るなーと思って私は呼んでるけど」
 どんな風に?とティーカップをソーサーに置いて訊いた。
「それがいつ来かっていうのも解らないし、
 これを知りたい!って思って出来るものじゃないんだよね。
私にはまったく関係のない事を『預けられたり』するから。
本当に気まぐれで、急にぽっと頭の中に浮かんだり、夢を見たりするんだけど」
「つまり『だれかに預けられた言葉』っていうこと……」
 紅茶を啜って頷いた。
「媒体、なんじゃないかな?
 私は何か、神様みたいなものから伝わってくるものを受け取れるんだと思う。
昔の占い師みたいな感じで……」
申し訳なさそうな表情で、控えめに宮野は尋ねる。
「いままでそういうのがずっと?」
「ううん、中学あがった頃にはすっかりなくなってた。
今回は、急に、ね」

「世界が終わるって?」

 チカコはテーブルの下でぎゅっと手を握り締めた。

「なんか質問ばっかりで悪いんだけど、どんな風に終わるわけ?この世界は」

「…………地震。何回も地面が裂ける夢見たし、最近地震多いじゃない?」
 それで、ね。と宮野を窺うようにいったん切り、

「どうすれば生き残れるかな、ってずっと考えてたんだ」
うーん、とうなる。彼女はチカコだけが生き残ろうとしていたとは気付かなかったようだ
そしてチカコはその考えがとても恥ずかしく、後ろめたい気持ちになっていた。
「地震でしょ?それって生き残る確率って高いんじゃないかな?」
「え?」
 宮野は更に続ける
「もし昼とかそういう火を使う時間だと
火災っていう二次災害とか出て来るけど―――地震そのものじゃ世界全て、
ましては人類絶滅なんて無理だよ。阪神の地震だってすごかったけど
そこから離れたところは全然平気だったでしょ?」

 彼女の台詞には説得力があった。
 チカコだけでは考えられないような所まで考えが及んで。

「じゃあ、みんな死ぬような方法ってなんだろう?」
「うーんと……戦争とか……隕石の衝突とか?」
「それだったら生き残れないよー」

「あっははっ。そうだねぇ」

「…………ごめんね?やっぱり私は地震だと思うの。地震と呼べないほど大きな」
「どして?」
ぬるくなってきた紅茶でのどを潤す。
「わからない。でも地震が来るたびに頭がずきずきするし。
すごい嫌な予感と……砂時計のイメージと一緒に」
すなどけい?と妙な顔で返し、チカコの返答を待った。

「―――――夢でね、毎日見るの。
…………それが落ちた時に世界が終わるっていう女の人の声と一緒に」
それが地震の時に脳裏をかすめる。自身から来る恐怖からの連想なのか、

それとも

「ん〜つまりそのタイミングさえわかれば心の準備くらいできるね。今は?どれくらい?」

「今朝見た時は…………後ちょっとだけど落ちる量が少ないからまだ大丈夫だと思う」

「じゃあさ、それが来る時は教えてもらわなくっちゃね〜
あ、ケータイ持ってる?」

宮野はシルバーで、かわいらしいストラップの着いた携帯を取り出した。
あ、うん、と驚いた声をだし、取り出す。

「これ、あたしの番号とメアド」「…………」

「何かあってもなくても教えてよ。ね?」

宮野はケーキの最後の一口を口に入れ、飲み込んでから伝票を取って立ち上がった。
それをとめようと「あ、あのさ!!」
自分も立ち上がって声を上げる。

「お金ならあたしが払ったげるよ」

そうじゃなくて……と弱々しい声を出し、

「あ…………あたし………………これから、どうしればいいかなぁ?」

他の誰かに話すべきか否か、この世界を助けるか、それとも否か

「私と考えよう?」「!」

「これからどうするのか」

伝票を上にかざし、

「生き残ろうね!」

 軽やかにそれを振って、レジに向かった。

 チカコはその様子をただ口を開けて見ているだけしか出来なかった。

 彼女の声がいつまでも耳の中に残っていた。






→NEXTBACK


一覧に戻る