砂時計が沈黙した日

預言者チカコの話

4.ふつうのともだち

 
 月曜日の休み時間から、チカコが教室にいることはほとんどなかった。
出入りが禁じられている屋上へ続く階段のところで、宮野と一緒に話をしているのだ。

 生き残るにはどうすれば良いのか
(「地下シェルターなんてのはどう?」「だから地震が来るんだってば……」
「うー……じゃあ飛行機に乗ってれば影響ないよね」
「あーどうなんだろう。じゃあタイミングが重要だね」)

 生き残った後に必要なものは何か
(「水と食料と……だけど、すぐに底がついちゃうよね」
「種とか買っておいて、なにか作ったりとか?」
「そうだね。いざとなったらスーパーとかからかっぱらっちゃったりさー」)

 今の話とか
(「あと3週間位でテストだよね〜それまでに滅びてくんないかなぁ〜?」
「……多分、そのくらいだと思うよ?」 
「え、ホント?やったー!!…………って、喜べることじゃないんだよね〜」)

「そういえば宮野さん」
「あ、リエでいいよ」
 多分きっとそれは
「みんなもそう呼んでるからさ」
 彼女にとっては他愛もない
「さんづけってむず痒いしね。……あ、あたしもチカコってよんでいい?」
何気ない一言だったのだろう。
 普通の友達に対する

「友達なんだからさ」

 普  通  の

「き、岸田さん?!」
 チカコはぼろぼろと崩れるように泣き始めた

「ごご、ごめん。ごめんね?えと…………ちょっとなれなれしすぎたよね。ごめ」

「ちがうの」

「ぇ」

「違…………違うの。リエ…………」

「…………?」

 嬉しかった。初めて他人に携帯のアドレスを教えた。

 初めて他人に名前で呼ばれた。

 初めて、友達と呼べる友達が出来た。

「チカコでいいよ。そう呼んで欲しい」
 リエは困ったような、驚いたような顔のまま、2回うなずいた。
 私の肩を優しく抱いてくれた―――――




 世界の黄昏を表しているかのよな夕日。

 オレンジ色に染まった街の公園で、二人はまた話していた。

「そっか、えへへ、驚いちゃった」
 からかうようにそう笑われ、恥ずかしくて体温がわずかに上がった。
「でも、うれしかったの。今までずっと、そんな人いなかったから。
 リエが、友達になってくれて」

「ちょっと違うよ、チカコ」
え?とリエの方へ視線を送る。リエの顔はどこか遠くを見ていた。
「私が友達になったのはチカコに受け入れられたからなんだよ」
「どういうこと?」

「あの雨の日に、チカコはチカコの心の中の物を私に見せてくれたよね」
ぎこちなく頷いたが、まだ何を言いたいのかは解らなかった。
「チカコが私を受け入れてくれたから、私はチカコの友達になれたのよ?
 だからむしろ、チカコが私の友達になってくれたの」
「え……?」
「えらそうなこというけど、ごめね。チカコが今まで友達がいなかったのは、
 他人を拒絶して来たからだと思うの。
 だれだって、自分の事を受け入れてくれない人間なんかとは仲良く出来ないわ。
 その人を拒絶している人間が、その人に受け入れられるはずないもの」

 そうだ、とチカコは思った。
 今のクラスメイト達は私の過去は知らない。
 それでも私に友達が出来なかったのは
 他人を拒絶していたから。
 他人の中にいる自分を見るのが怖くて、

 他人を拒絶して来た。

 その方が、痛くなかったから。

 傷つかなかったから。

「うん、そうだね……ありがとう。リエ」

 オレンジ色をうつしたリエの顔がゆっくりとほころんでいった。





 帰り道、いつもよりも軽い足取りでその道を歩いていた。

 そうするよ、リエ。

 私、すこし頑張ってみる。多分きっと最初は上手くいかないと思う。
 けど、私に出来る事はやってみたいから
 ありが―――――


 ずきっという痛みが走った。

 え

 そんな

「「砂は落ちた」」

 あの女の声……!?

「「今、再生の時――――」」

 急に落ちきった砂時計のイメージが送り込まれてきた。

 まさか

「「すべてを――――」」

 世界が?!

「「浄化せし時――――」」

 急に雲が黒くなり、嵐が起こる前触れのように厚い雲に夕日が隠された。

 そう

 それは夢に出てきた光景そのものだった。

「そんな!早過ぎる!!!」

 だって、ようやく見つけたのに!

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・

 地響き、そしてこの次は

ドオオォオオオォオォォオオ・・・・・・・・・・

 この世界に生きる意味を見つけたのに!!!!

オオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 地面が波打ち、その場に立っていることもままならないほどに強い地震だった。

 いや、違う。これは地震などと言う生半可なものではない。

 世界が悲鳴を上げているのだ。

 破滅の時を悲しむように。

 最期のように。

 辺りの建物が砕け散るように崩れ、

 地面に倒れこんだチカコの意識も次第に遠のいていった。

 生きててよ…………

 リエ!!!!!!




そして、世界は壮大に終幕を迎えた…………。









続く。






→BACK


一覧に戻る