間奏

 



主電源と予備電源の両方を切られてしまっていたために、目がさめた時がいつなのか把握できなかった。

ここは・・・・・・どこだろうか。

「お目覚めかい。ビジエ」

がらがらで嫌味っぽい声がしたので、その発生源の方へと顔を向けようとしたが
エネルギーが不足して動く事すらままならなかった。

それにビジエとは何の事だろう。

「あ・・・・・・う、ぐ・・・・・・」

「何だ。せっかく借金のカタに連れてきたというのに。ロクにしゃべれもせんのか」

――!」

今なんと言った?

そう思った刹那に腹部に衝撃が走った。

「しょせんはバグまみれの木偶人形でしかないってわけだな」

二度、三度・・・・・。つま先が腹部へと強く、断続的に当たる。

普段の状況だったらばそんな隙だらけの攻撃、かわして反撃する事も容易いが、
エネルギー補給を要する警告が出ているためにそれも叶わない。

無意味なダメージを、ただただ重ねていくのだった。







ようやくエネルギー補給を許され、虚ろな目で椅子に座り、補給を静かにうけた。

 

借金のカタ。見知らぬ男。見知らぬ部屋。木偶人形。

何かが狂ってきている・・・・・・・・。

そこでデータを見ていると、恐ろしい事実に直面した。

体中に、寒気にも似た震えがはしる。

あんな肉塊に蹴り飛ばされるよりも大きなダメージだ。

―― マスター登録が、書きかえられている ――

マスター名: エコロウ・リトーン

機体識別名称: ビジエ        

今、VAL−beは裏社会で破格の高値で取引されていると言う。
つまり――

その事実を元にコンピュータが結論をはじき出し始める。

―― やめて・・・・っ!! ――

「ごめんな」

―― 知りたくない ――

ウェイ目は莫大な借金を抱えており

―― もうそんな事は考えたくない ――

頭を抱えても止める事はできない。
自動的に結論が出てしまうのだ

そして、彼女自身もそれを拒む様子を見せるが知りたいとも思っていたのだから。

いや、それ以前に直感的に気付いていたかもしれない。

ウェイメはその借金の返済に充てるため






体中がきしんだ。
すごく痛い。

椅子から転げ落ち、小さく丸くなって震える。

けれど涙は出ない。涙とはもともと眼球を乾かさない為に出る分泌物だ。
ただのサーチアイでしかない宿禰の目からはそんなものが出る事は決してない。

私は欠陥製品だもの。もともとロボットだったわけだし。

主人に特別な感情を抱くなどおこがましいにもほどがある。

私は道具。

ウェイメ様がお金に困ったのだとしたら売り払う事は当然だ。

むしろ私はウェイメ様のお役に立てたのだから。これは喜んで誇るべき事ではないか。




わかっているのに。

頭ではわかっているのに。



では何故胸が痛む。苦しくなる。力なく崩れ落ちる。

何故彼の微笑が恋しい。あの幸せなひとときをうらやむ。

どうしてこんなにも「悲しい」のだ・・・・・・・・・。




悲しくて恋しくて苦しくて恋しくて

体中のパーツがはじけとんでしまいそうだった・・・・・・。


涙を流す事も出来ず、ただ低く呻いているのだった。

かすかに照らすあの三日月は彼をも照らしているだろうか?

彼と同じ光を、今私は浴びているのだろうか・・・・・?















「ビジエ、出るぞ」

「はい」

エコロウという男はかなりかっぷくのいい男だった。脂ぎった顔にひげを生やし、
身なりは良い物で固めてあるが、その下からかもし出される品のなさはそんなものでカバーできなかった。

立派なつくりの馬車に乗り込み、エコロウの隣に座ると、勢いよく馬が走り始めた。

ウェイメとは対象的にエコロウは頻繁に宿禰を・・・・いや、ビジエを連れ出した。

用事はそれこそ様々であったが、特別ビジエを連れて行く必要性は感じ取れなかった。
エコロウはビジエがしゃべる事を嫌い、質問など自発的な発言権は全くないに等しいため
どうして自分を連れて行くのかなどは全く教えてもらえない。

しかし、その日、ようやくその真意を知る事になる。






馬の悲鳴がきこえ、馬車ががくんと大きく揺れた。

そして

「銃声?!」「ビジエ!外へ行け!」「・・・・・・・・・はい」

エコロウ氏の顔はいつも以上の脂汗をかいていた。
主を守る事こそがVAL−beに与えられた使命。
本来はありえないことだが、主を快く思っていなくともプログラミングされていることを逆らうことはできない。

警戒態勢で外に出ると、先ず一発弾丸が飛んできた。
軽く避け、急いで馬車の影に隠れた。

「リトーン家の者だな?」「どちら様でしょうか?こちらには心当た」二発三発と撃ちこんでくる。

―― 主を狙っている・・・・・・? どうする。どうすれば上手く逃げられる? ――

実の所、彼女はとある理由で戦闘体勢に入る事はできない。そのため彼等を倒し逃げることは不可能である。

逃げるには、彼等の弾切れを狙うしかあるまい。

と、精一杯に対策を練っている時

『パスワード照合。プロテクト解除。迎撃システム、マニュアルからオートへ移行』

というメッセージが現れた。

「!」

体中のモーターが走りはじめ、ボディから煙が出るほどの熱を帯びてきた・・・・・・!

『これより、迎撃レベル12モードのオートに入ります』

警告メッセージが消えると、かくん、と体の感覚が抜けていった。

君にだけは・・・・・・そんな事をしてほしくないんだ。





君にはいつも、笑っていてほしいよ


―― 嫌・・・・・・ ――

僕のかわりに

ぁぁあぁぁぁ・・・・・・っ」

叫びながら勢い良く走り出す。

数人の黒い服を着た男達が目の前に近付いて、銃弾をかわし

勢い良く












ヒューマノイドガーディアン。

VAL−beはそう呼ばれていた。

高い戦闘能力を持ち、迎撃レベルを高めれば確実に忠実に主を守る。

ユーザーのほとんどはそうして己を守る盾と矛として使っていたのだ。

人を殺した事のないVAL−beは極めて少なかったのかもしれない。

















辺りは真っ赤に染まり

彼女の手からはそれと同じ色をした液体が滴っていた。

「・・・・・・ふ、ふん。木偶もそれなりには、役に、立つと言う事だな」

身をかがめ、まだ辺りを警戒しながらエコロウが出てくる。

「流石バケモノ。あれだけの金を積んだだけはある」

にやにやと汚い歯を見せて笑う。

―― バケモノ ――

赤色を纏った彼女は自分の右手を見た。

黒い赤と、誰かの肉片がまとわりつき、いきもののきつい臭いが漂っていた。




約束、したのに。

これが、最後の約束だったのに。

 

「ウェイメ様、迎撃プログラムの凍結とはどう言う事でしょうか」

「そのままの意味だろう」

ゆったりとした時間と風が流れる午後。ウェイメのマスター登録が済んで一日が経過した。

宿禰のカスタマイズ作業が完了し、インストールされたプログラムの一覧について見ていた時、それに気付いた。

迎撃プログラムの作動が禁止されている。

「ご意見させていただきますが、これでは困ります。私はウェイメ様をお守りする事が使命でもあります。
万が一に備え、凍結を解除してはいただけませんか」

「いやだね」

子供っぽく笑う。その反応に対してどう対応していいか考えていると

「君は誰かを殺したりなんかしなくていいんだ」

「ですが」

「君にだけは・・・・・・そんな事をしてほしくないんだ」
一転する真摯な態度もまた宿禰の思考回路を乱す。






そのころから『バグ』が発生していたのだろう。




人を殺したのは、初めてだった。

殺し方や技術はもともと体が知っている。だけれど



ウェイメ様。宿禰は、どこへ消えてしまったのでしょう?

「君にはいつも笑っていてほしいよ」

あなたにお茶を淹れていたすくねは、貴方の苦しみを理解できなかった宿禰は

「僕のかわりに」

どこへ・・・・・・・







機械人形には死というものがあるのだろうか?

「仲間達」のようにプレスされ、溶かされる以外に。

たとえば寿命?

メンテナンスをしてもパーツそのものにボロがきて、システムが停止に陥る。

しかし電源が切られている一切の活動をしない時には死んでいるのだろうか?

そもそも生きるとは何だ?私も生きているのだろうか?

人の死とは?


そんな事を考えていると、どうしようもなく「怖く」なるのだ。
そして「辛い」。

時折見るウェイメの微笑む残像が救いだったのだけれど

今となってはただ辛いだけだった。

けれど記憶は削除したくない。大切な大切な記憶。




しかし「私」とは「何」なんだろう。

機械としては決定的に違う「モノ」を持っている。
しかし人間としては決定的に欠けてしまっている。

実に曖昧でぼんやりと霞がかる矛盾した存在。

このままでいいのだろうか。

このままで「VAL−be」としての使命を全うする事は不可能だ。本来絶対的存在であるはずの主、
エコロウに対する忠誠心は全く薄れ、
ウェイメの面影だけが残っている。

バグが自身を蝕み、より多大な苦しみを生み出す。

私はどうすればいいのだろう・・・・・・

 

「「あなたは何を願うのですか?」」

部屋の隅で小さくなってうなだれていたビジエの元に、どこからともなく声が届いた。

レーダーでは辺りに誰もいないはずだが。

すると月明かりを思わすような光を放ち、目の前に石が現れた。

胡桃を二周りほど大きくしたサイズ。
黒く鈍く光り、表面はつややかだが、どこにでも転がっていそうなありふれた石だった。

「「こんばんは。かわいらしいおじょぁぁ?!」

その宙を浮いていた石は恐ろしい早さで吹き飛ばされ、ごん、と重い音を立てて部屋の端へ叩きつけられた。

「何者ですか」

「「わた、た私は別に怪しいものじゃございません」」

よろよろと浮かび上がって

「「私は貴方の願いを叶えにきたのですから」」

ビジエにはその意味が全く理解できなかった。







NEXT