砂時計が沈黙した日
放浪者 白亜の話
1.つるぎとわたし
曇天の空。灰色の雲。立ち昇る黒煙。 根元から折れた高層ビル。ひしゃげた高速道路。瓦礫と化した家々 そしてところどころに転がる死肉と、死臭。 それらのどれも元は見慣れたものだったはずだ。 高層ビルには人が沢山いて、高速道路はどこかへ向かう人々が車を走らせ 少し憂鬱な曇り空も、時々素敵に感じて。 しかし、それはどれも元には戻れないほど崩れてしまった。 あの「地震」が起きて、世界は変わった。 少女が歩いていた。 顔は埃でまっくろになり、制服だったのだろうワイシャツとスカートもぼろぼろ。 非常に痛々しい姿をしているが、 目にかかるすれすれの所から見える瞳は冷淡で、氷のような炎が燃えているように鋭かった。 おまけにその背中には、リュックと一緒に、長い柄が飛び出て、包帯のような布でくるまれた物が覗いている。 彼女は「放浪者」だった。 近くで水の音がする。 彼女はその方向に目をむけ、微かな水音を感じる。 水音を頼りに近付いてみる・・・・・・ そっと瓦礫の影に隠れ、辺りを見回した。人の気配は無い。 割れた地面から突き出したパイプから水が噴出している ごくり、と唾液をのみこむが、くちのなかはぱさぱさと乾いている。 (みず・・・・だ・・・) 用心のため、背中のソレを手に取り、水へ駆け出す。 右手にすくって見るときれいに澄んでいた。生温い。 一口ごくりと飲む。 さーっと水が食道を通り、胃に落ち、体に染み込んでいくのが解った。 飲むのはあと数口のんで、後は口をゆすいで、うがいをした。 ざぶざぶと水で頭と埃にまみれた顔を洗う。 きもちいい・・・ 本当は風呂に入れればいいのだけれど、そんな事は無理だろうな、とわかっていた。 それでも体ぐらいは拭こうとワイシャツの第二ボタンに手をかけると がたん、という瓦礫が崩れる音がした。 さっと背負っていたソレを手にし、構える。 瓦礫の向こうから3人の男が現れた。 一人は酷くやせこけていて、もう一人はがっしりとした体格の巨漢、最後の一人は背が高く、肉付きは普通。 その手には大きなナイフ。 「なるほど、ね」 「おいお前!」 背の高い男が大きな声を出してきた。 「その水を飲んだな・・・・・・っ」 「ええ、美味しくいただきました。ありがとう」 こいつらはこの水が危険だったので彼女を心配した、というような様子ではない。 「てめぇ、よくも『俺達の水』を・・・っ」 ため息をつきたかった。そしてついてみた。 いつから水道料金を個人に払わなくてはならなくなったのか。 「それはごめんなさい。そうとは知らずに飲んでしまいました。許してください」 ケッ、とつばを吐き、巨漢が更に続けた 「おい嬢ちゃん、ただで許せるほど俺らはお人良しじゃねーんだよ」 「えぇ、それはわかります。賢い生き方ですね」 リュックを探り、中から乾燥した肉を出した。 「これで足りますか?ジャーキーです。あまり美味しくないですが保存も効きますよ。 にくっ!と細い男が叫ぶが、巨漢が静止する。下卑た笑いを浮かべながら。 「ひひ・・・嬢ちゃん。そんなんで済むと思ってるのかい?」 「いりませんか?」 「いや、それも貰っとく。だけどな。在るもの全部置いてきな」 ありきたりな台詞だなぁと呆れながらも、柄をしっかりと握りなおした 「それは困ります。私も生きているんです。生きていかなければならないんです」 そうか、と巨漢は両隣に居る男に目配せする。「でもだいじょうぶだ」と言って 「お前はここで死ぬんだからな!!!」 3人はいっせいに飛びかかってきた。 あーあ、手間省いてくれちゃって。 彼女はにんまりと冷淡に笑った。 巻いていた布をするすると取っていく。 そこから白銀に光る刀身が現れた 口の端を歪め、彼女はひざを折り跳躍した。 まずは――― その剣を向かって左に居た細い男に向け、左から右へ大きく薙いだ。 そのまま勢いをつけて背後に回ってきた巨漢の腹を切りつける。 ならば 剣をしっかりと握り、喉元へ切っ先を突く。 ぶしゅっと剣が刺さり、血が噴き出す。 大量に血が流れ、悲鳴をあげることもできずに男は白い目を向けた。 そこにひゅっっという音が耳元をかする。 「投げナイフ?すごいスキルだけど武器捨てるとは 顔を真っ赤にして背の高い男は懐から次のナイフを手に取る。今度は少し大きめ。 「だあああああああああっ」 がむしゃらにナイフを振るが、剣とではリーチが違い過ぎる。 手元に剣を叩きこむと、嫌な音と共にナイフが地に落ちた。 手首を押さえ、彼女を見た。 その目には何も映っていない 「お前一体―――」 男の首から鮮血が吹き、ごとりと倒れた、 少しだけ息が切れ、肩を上下に震わす。 ドン 唐突に空を割る乾いた音がして、ふりむく そして銃口がこちらに向いた。 「へへ・・・・・・へへへ・・・へ・・・・」 傷が浅かったか。 「拳銃。銃刀法違反じゃないですか?」 「お互い様だろぉ・・・」 「そうですね。今更法律なんてなんの効力も無いですし」 肩をすくめておどけるが、その顔に笑みはない。ただ冷たい目線で男の様子をまじまじと観察するのみ。 (銃身が短い・・・・・・ニューナンブM60かな。・・・・・・本物?) それはまるでおもちゃのように小さくて、滑稽だ。 「モデルガン?そんなんじゃ人は殺せませんよ」 「本物だ、そこらでぶっ倒れてた「サツ」の腰にぶら下がってたんでな・・・・・・へへ・・・・・・へ」 なるほど。確かに今の世界では大して珍しい事でもないようだ。 ということはつまり。 「でも、死ぬのは貴方ですよ」 たかが小娘の戯言に聴こえるかもしれないが、 すこしたじろぐが、息を整え安全装置をかちり、とおろす。 「へへ・・・・・・へへへへ、強がりはよせよ。お前なんかが避けられるとでもおもおも、思ってんのか?」 「・・・・・・逃げるなら今のうちだぜ。命乞いでもしてみやがれよ?」 「行きますよ」 さっき威嚇でリボルバーは一発撃たれた。 今まで使った事が無ければあと4発・・・・・・・ いける。 ドン、と音が一発する。それを合図背の高かった男の肉を越えに右へ走り出す。 まぁ、こんな戦いは彼女にとって食前の運動にしか過ぎないのだが。 一定の距離をあけ、弾丸の浪費を待つ。 向こうも少し慎重になっているが、複雑に走る少女に照準が合わない。 (まじぃな・・・・こいつ、弾切れを狙ってやがる・・・) 減速してかがんだ時、彼女は足元にあった石を掴む。 「!!」 ひゅっと弧を描き重力にしたがって男へと落ちてくる石。さっとよけるがその隙をつかれ、 彼女は膝蹴りを思い切りみぞおちに食らわせ、男は倒れこんだ。 馬乗りになる形で男に剣を向ける。 「ひ・・・・ひ・・・あ・・・」 彼女はただ無表情に男を見る。 「たす・・・・・たすけてくれっ・・・」 彼女はただ無表情に男を見る。 「ぜ、全部やる。まだ食料がすこしだけあるんだ。だ、だから、いのち、いのちだけは」 「・・・・・・どこですか?」 ぱっと男の顔に明るさが戻る。 「このすぐ近くにあまり崩れていない家が在るんだ。そこを俺達は寝床にしてて 「そうですか」 「だから命は」 「おなかが減ったんです」 急に口からこぼれた言葉に男は一瞬反応ができなかった 「あの筋肉質なひとが食べ応えありそうなので、あなたはどうでもいいとか思ってたんですけど」 とたんに男は顔を青く染め、どっと汗を噴出した。 「内臓なら食べられます」 初めて彼女が微笑んだ。 冷笑と言う言葉の方が適切だったかもしれないほど、悪魔も恐れるほどの笑顔だったが。 断末魔が響き、そして止まった。 人肉で作ったジャーキーをリュックにしまい、 水で剣を洗い、錆びないようにちゃんと水気を取る。 そして今度こそ体を拭く。 耳にしていたピアスを取る。 食欲を押さえるつぼにしてあるので、付けている間は食欲を感じない。 その分のリバウンドは激しいが、この環境ではそれが武器となる。 ゆっくり解体しながら、食べられる部分とそうでない部分に切り分けた。 火を起こし、ある程度火を通したら 手を合わせて「いただきます」と言った。 |