放浪者 白亜の話
2.せかいがおわったひ
男が言ったようにそれほど壊れていない、家というよりも小屋があった。 ここに塩があればいいんだけど。もっと欲を言えばローリエがあればもう少し美味しく食べられるんだけど。 まぁ食べられればいいか。 そこで見つけた塩を手に取り(嬉しい事に砂糖もあった。三温糖ではないけど) 串(これも嬉しい事にあった)で刺しておく。 漬け込み液は本来にんじんとかたまねぎとか材料を煮て、作るのだが、仕方なく塩と砂糖を適量入れる そして本来なら肉を漬けて1週間寝かせる。1週間は長い。 昔教わっておいてよかった。こんな時に実感するとは思えなかったが。 久々にジャーキーの美味しいのが食べれる。 中のスポンジが出て、スプリングが壊れたソファに横たわる。 あぁ、懐かしい。 あの日々が懐かしい。 そう思いながらぐっと深い眠りに落ちる――― 今ではアレは夢なのではなかったのかと思えてしまうが。 全てはあの2年前の地震のせい・・・・・・ 当時14歳だった私も、今はあの時の先輩達と同じ16か・・・・・・ 丁度学校から帰ってきた時だ。 他愛も無く、いつもと同じにただいまと言って、お帰りと言われたあの時。 急に床が揺れ、物が倒れこみ、立つこともままならない状況で、 全てが真っ暗になった気がした。 今になって思うが、あれは地震ではなかったのだろう。 この地球が崩壊する音だったのだ・・・ 現に私がここまで旅をしてきてわかったことからもそれは解る あれは日本全土を襲ったのだ。 はじめ、関東大震災だと思っていたけれどやはり違っていたようだ。 あの少女が、言った通り・・・・・・。 地震の被害を受け、私は悲惨な街の様子を見る事になる。 家族は無事だったけれど、私の家の近辺で生き残っている人はどうやらいなかったようで、 なんということだろう。 昔ニュース映像で見た阪神淡路大震災どころの騒ぎではない。 コンクリートは割れ、遠くではものすごい煙が立ち昇っている。 みんな死んでしまったのだろうか? とりあえず私の家もいつ崩れるか解らなかったので、一応指定されている避難場所へと向かった。 どこも同じような景観でどれも残酷だった そして先輩達と会ったのだ―――――。 地震が発生してから1日が過ぎ、2日3日、そして1週間がすぎる。 どうにも様子がおかしい。 その事に気付いていながらも、私達は見て見ぬふりを続けた。 それでも先輩達はその現実を見るために「東京」へ行ってみると言った。 私は行かなかった 先輩達とわかれ、広場へ戻ろうとした時、一人の少女が寂しそうに座っているのが視界に入る。 怪我でもして動けないのだろうか、 「あの・・・・・・・・・」 その人は先輩ぐらいの歳で、セーラー服を着ていた。 わたしの呼び声に、小動物みたいな反応をしてこちらを見た。 「どうかしましたか?今、食料の配布を向こうでしてますけど。怪我して動けないならわたしが」 「はい?」 「私は知っていたの、この世界が終わってしまうことを!!」 あぁ、そうか、そうなのか、と思った。 この人は地震で精神がおかしくなってしまったのだ 世界が終わる?この地震の事だろうか? 「私が知らせなかったから皆死んだの?」 「・・・・・・・・・・」 「でも・・・・だって、そんなの自業自得じゃない!どうせ言ったって信じてくれなかった!」 「私を信じてくれないなら死んだって構わないっ!!」 搾り出すように叫び、がたがたと震えながら頭を抱える。 怯えているのか、怒っているのか、悲しんでいるのか 「でも・・・・・でもね?」 「死んじゃったの」 「私を唯一信じてくれた人は、死んじゃったのよ。 リエとはこの人の友達か誰かだろう。 「だって、そんなに最後に砂が落ちるスピードが速かったなんて、解らなかった。 「ねぇ・・・・・どうして?」 私よりも年上だろう彼女は、私よりも幼く見えた。駄々をこねる子供のようだった。 「ねぇ、これは私達を助けるための『預言』なんじゃなかったの?! それだったらなんで私にそんな力を与えたのよ!!! ねぇ、教えて?!」 「私には解りません。何も」 正直に言ってあげただけだった 私に縋られても困るだけだ。 彼女は力無く倒れこんだ。そして本当に子供のように泣いた。 食料といっても本当に大した物ではなく、非常用の乾パンと、どこかからかきあつめたおにぎり これだけしかないのかとどやす声が聞こえた。 この時は救援が来ると信じ込んでいた。 誰もが。 「どうぞ、これしかありませんけど」 「ありがとう・・・・・・」 ようやく落ち着きを取り戻してくれたみたいではあったがその目は真っ赤に腫らしていた。 乾パンを手にするが、食欲は無いらしい。 「ねぇ、あなた名前は?」 「え、・・・・・・あぁ、・・・・・・白亜です」 はくあ・・・?とおぼろげな眼差しで言う。 急に彼女は笑い始めた。 「あははははははははははは、ははは、はははは、そう。あなた、白亜っていうの」 私の名前をわらっているのだろうか、 どうにも奇妙な感じは否めない。 「そう、そうなの、あなたが白亜、世界の鍵を握る者!放浪者であり、執行者の敵! いぶかしげな眼差しも気にせず笑い転げる。 「なんておかしいのかしら、そう、私は見えたわ。これも『預言』なのかしら? 鍵を届けさせるための力、それにふさわしい者を差し向けるための? うふふふふ・・・・ははは、あははあはははっははははは」 急に笑うことを止め、まじめな口調に戻った。 「良く聞くのよ、白亜。 あなたはこれから鍵を手に入れるわ。あなたが生き抜いていくための鍵。 あなたを邪魔するものがあったらその鍵を使って。 そしたら、西へ向かいなさい。 そこに天国があるわ。天国を目指すの。そこに全ての真実がある」 鍵?生きるための?西に向かうって 「あの、一体どういうことですか?私には―――」 「そしてこれは私からの忠告。『預言』なんかじゃなくて、私の言葉よ。 天国も地獄も同じ世界にあるのよ。 地獄の中に天国がある。 地獄を通らなければ天国にたどり着くことも無い。 天国だけを見てきたものはいずれ地獄に堕ちるわ。 でも嘆く事は無いの。 天国にたどり着くことすらままならないで地獄の中で生きていく人間だってざらにいるの。 あなたは天国にたどり着く資格がある。強さがある。力がある。 そこが決してあなたにとっての天国でなかったとしても、 そこは天国にかわりはない。 そこに暮らすか、去るかもあなた次第・・・・・・。 全ての運命は決まっていても、 その運命を知らないあなたはあなたが決めた道を歩みなさい。 後悔などしないように」 白亜は唖然としていた。 先ほどまでとはまったく別人であるかのように喋り方がしっかりとしている。 「・・・・・・・私は、この街に残るつもりです。西へは、天国へは行きません」 「それでいいのよ。だからあなたは鍵を手に入れる」 かかわるのはよそう。そう思ってその場を立ち去る。 「ねぇ、リエ、私もそう長くは生きられないみたい」 風に乗って、血のにおいが流れてきた。 チカコに誰かの影がかぶさる。 白亜はその凄惨な光景を見て、吐き気をもよおした 「し・・・・しんでる」 誰も彼も血を流し、肉をえぐられ、死んでいるのだ。 生臭いにおいに思わず手を口に添える。 「へへへ・・・・・へへ・・・」 ばっと後ろを振り向くと、真っ赤に染まった人間が立っていた。 それは、人々の中を流れる血潮。 「ひ・・・・・!!」 男の目は、狂気に支配され、ぎらりと輝きを見せる。 「もう終わりなんだよ」 その手に大きな斧。あれで人々を切りつけた? 「誰も助けちゃくれねぇ・・・・・・・・・世界は終わっちまったんだ!」 切り裂きジャックじゃなくて、誰だろう 「だから俺は一人で生きる・・・・・・生き延びてやるんだ」 じりじりと男との距離が縮まっていく―――――― 頭の中で警笛がガンガン鳴り響いている気がする。 ―――――逃げなきゃ、・・・・・・・・・ 「俺だけは生きのびてやるんだ!!!!!」 ・・・・・・・・・・・・・・・殺される!!――― 「きゃああぁぁぁぁああああああああ」 悲鳴をあげながら、背を向けて駆け出す 殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される 死にたくない ただがむしゃらに走り続ける。 今までに感じた事の無い 「死」への恐怖。なんともリアルな。 どうすればいいんだろう。どうすれば・・・・・・・・・ あぁ、誰か助けて!!! 必死に神へ祈りをささげるが、 その祈りが届くことは無かったらしい あの男が目の前に立っていた。 失神しそうになるのを必死でこらえ、悲鳴を上げることすらも忘れていた 大きく斧を振りかぶる とたんに理解できた。 誰も助けてなんてくれないじゃない。 意識をしっかりと持ち、だっと横に転がる。 がんっという重々しい音がコンクリートを打ちつける 神様も大人も、あたしを助けてくれないじゃない。 その時の白亜に理性なんて無い。 右をちらりと見ると、 剣 剣が地に刺さっている。 そのイレギュラーな眺めですら疑問を抱かずそれをぐっと引き抜く。 誰も助けてくれない。 だったら 「私が私を助けるしかないじゃない――――」 誰にも頼らない。 私はひとりだ この世界に一人取り残された なら私だけが味方だ!!! 剣は白銀の刀身をあらわし、鈍く光っている気がした。 「らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」 男へめがけ剣を大きく振る。 縦に空を裂く、その大振りな太刀筋は、素人にもよけられる程に簡単な軌道を描く。 しかしよけられてもよけられても、その剣を振る事をやめない。 孤独だっていい 生きるんだ あたしは 生きるんだ!! 肉を裂き、血管を潰し、骨を砕く音が響いた。 「ぎゃあぁっ」 生温かいものが頬を撫でる。 そんなものはお構い無しにその剣を男の頭へと振り下ろす。 力では負けてしまう――― 足で男を蹴り、間合いを取り直す。 あんなのを食らったらひとたまりもない。その事実が変わる事は無いが、それだけ解っていれば十分。 男へと一気に近付き、一撃を牽制の意味を込め横に振る。 それに反応し、向こうも斧を振ってくる。 ―――― いける ――――― 斧が振り下ろされ、ほとんど無防備な状態になった首筋へ――― まだ息があがり、鼓動が激しい。 あの男は地面に突っ伏したまま、ぴくりとも動かない。 しばらく血の付着した剣を眺めていたが、 ふと 「西へ行きなさい」 彼女の事を思い出した。 しかし、先ほどまで彼女が居た場所は、赤く染まり、空を仰ぐ肉体が転がっているだけだった。 「・・・・・・・・・・・・」 その顔が、急に自分の顔と重なる。 そして白亜は、この街にはもうだれも人が居ないことを知る。 街の人間達が死んで何日経つか。 そして、彼女の空腹は極限状態まで達し、 どこかに転がっているかもしれない非常食を探すこともままならないまま、倒れていた。 たべものを なにか、 たべもの そう、人を喰ったのもあの日だ。 人を捨てたのは、あの日。 最初は勿論そんな事はしちゃいけないと思っていた。 そんな事できない。そうおもった。 しかし現実は白亜に優しくない。 食べなきゃいけない 私は生きるから。 そう自分を言い聞かせ、 死体にナイフを入れる。 そのあまりのグロテスクさに、何度も何度も嘔吐した。 そのたびに、涙が流れた。こぼれて、でもあまり水分を排出するのはもったいない。 人の肉は牛や豚などと違い、美味しくない。 そして、あの言葉を思い出す。 「そしてこれは私からの忠告。『預言』なんかじゃなくて、私の言葉よ。 天国も地獄も同じ世界にあるのよ。 地獄の中に天国がある。 地獄を通らなければ天国にたどり着くことも無い。 天国だけを見てきたものはいずれ地獄に堕ちるわ。 でも嘆く事は無いの。 天国にたどり着くことすらままならないで地獄の中で生きていく人間だってざらにいるの。 あなたは天国にたどり着く資格がある。強さがある。力がある。 そこが決してあなたにとっての天国でなかったとしても、 そこは天国にかわりはない。 そこに暮らすか、去るかもあなた次第・・・・・・。 全ての運命は決まっていても、 その運命を知らないあなたはあなたが決めた道を歩みなさい。 後悔などしないように」 「天国・・・・・・・・・・・・・」 そこに真実があるのなら、 どこまでも行こう。それが、 たとえ地獄であっても そして白亜はソファの上で眠っていた事を思い出す。 危険を察知するためにレム睡眠とノンレム睡眠を一度ずつ繰り返すたびに目が覚めるようになった。 これでも結構よく寝た気にはなるものだ。 もう1サイクルは眠れるな。 深く浅く、眠った。 肉が漬かるのはまだまだだろうし―――――― |