放浪者 白亜の話

3.いきるために

 

再び目を覚ますと、水を飲んでしまったせいか、喉がからからに渇いていた。

まだ水も出ているだろうし、飲んでも体に異常が無い事は今の所立証されているので飲みに行こうと白亜は外に出る。
無論、剣を装備して。

そういえばまだ彼らの食べ散らかしを片付けて無かったな、とぼんやりとした頭が思考を始めるが、

どうせ残っているのは骨と表皮と一部の内臓ぐらいだし。まぁ片付けるほどでもないか。

小屋から5分ほどあるくと水の音が聞こえてきた。少し足が速くなる。飲みたい時に水があるなんてなんと言う幸せだろう

風が吹いた

その風に乗って、人の足音が聞こえる。

(そんな・・・・・?まだあいつらの仲間でもいたのか?!)

剣を抜き小さく構え、物影に隠れつつ近付いてみた。

鮮血の海の中、少年が立っていた。その冷静な様子からは元人間たちの仲間ではなさそうだ。
にしても、その少年はなんだかアンバランスだった。

世界からはみ出している。

この水と食料と物資の少ない世界で、どうしてこんなにもきれいな格好をできるのだ?

ふっと少年がこっちを向く。
頭を引っ込め、鼓動の高鳴りを押さえた。

なんだ?

今の突風が吹いて来たような感覚は・・・・・・

恐怖?威圧感?あんな少年に?

「お前が、こいつらを殺したのか?」

どうやらこちらに向かって話し掛けているようである。ばれてるか。

「・・・・・・」

剣を握ったまま姿を見せる。少年はサイドの髪の毛が跳ねていて、目は少しつりあがって、狐のような印象を受ける
服は、シルク製のような光沢があり、軍の上官が着用するようなデザインのものだった。

「お前がこいつらを殺したのか、って聞いてんだよ」

その声に特別な感情は無く、ただ単に質問しているだけのようだった。
「えぇ、そうよ」

「・・・・・・」

少年は足元に転がっていたナイフを見ている。

「殺されそうになったの。そのナイフで食い物をよこせって。正当防衛でしょ?」

「こんなにばらばらにするほどのことか?」

何を言っているのだろう。とぽかんと聞いた。

「食べ物が不足しているの。食べる物が無いから、食べられる物を食べる。
そうでなければ生きられない。ただでさえ私は旅をしているんだ」

そうでなければお前はどうやって生きてきた?と最後に付け加えた。

地震が起きて、2年もの間他にどうやって生きろという・・・

少年は痛みを感じているかのように顔をしかめた。嫌悪感か、悲しみか。

「悲しい生き物だな。人間よ。たった一度のチャンスを与えられたというのに、それをまた無駄にするとは・・・・・・」

「チャンス?」

「そうだ。お前達は―――――」

少年は急に言葉を切り、一点に目を釘付ける。

「それは!!」

「?」

少年は宝を見つけたようにきらきらとした瞳で一歩歩み寄った。

「・・・・・・・・見つけた」

「何?」

「ついに見つけた!!!

”世界を喰らう漆黒の聖剣”!!」

聖剣・・・?まさかこの剣のことか?

とっさに剣を後ろにかばう。
「そうか・・・・・・・だからお前なんかがこの世界を生きてこれたのか・・・・・・。その剣の庇護を受けて・・・!」

「そうだ。確かに私はこの剣に助けられた。だからこれを渡すわけにはいかない」

「何を言ってんだ。その剣は俺達のものなんだからな。返してもらわないと俺が困るんだよ」
「そんなことは知らない」

これを渡す、ということは私の死と同意義だ。自分の命をやすやすと捧げる奴はいないだろう

「そうまでして生きる理由ってなんなんだ?」

「どういう意味だ」

「他人の命を犠牲にしてまで生きる価値というのはなんなのかときいている」

その時、ココロを誰かが叩いた気がした。

わたしのいきるかち・・・・・・・?

「そんな事は知らない。いや・・・・そんな事を知っている人間はいない」

少年の口元が大きく歪んだ。

「そうか。でもその答えはお前も知っているはずさ。目をそむけているから意識していないだけ―――」

少年の手元が動いた。手には蒼い硝子球のようなものを持つ。
「さぁ、最後の警告だ」

つりあがった目でさらににらめつけた。
「その剣をよこせ」

「それはできない注文だわ」

「・・・・・・・・・そうか、なら仕方ないな」

硝子球を片手に3つずつ取り出し、ぱきんという軽い音を立てて粉々に砕いた。

きらきらと瞬きながらも地に落ちることなく少年の周囲に漂っている―――――

「力ずくでも返してもらう!!」

破片どうしが結合を始め、形をもつ。

( 何が来るんだ?! )

破片はやがて、氷柱のような、鋭利な杭のような形になり、白亜めがけて飛来して来た。

「!」

ありえない光景に驚きを覚えながらもとっさに剣でそれをはじき返す。

それは案外脆く、はじいただけで砕け散った。
「そんなんじゃ私を倒すことなんてできないわよ!」

カケラを踏みつけ、少年へ突進する。なおも少年は水晶の刃を飛ばすが、それらを全て砕いていく

もう少しで自分の間合いに少年が入るというその時

世界が沈んだ。

がくんとその場にひざをつき、太ももから血が流れ、脈打っている事に気付く。
そんな?!どうして?

白亜の血液が付いた水晶の刃が大地に深々と刺さっている。

「この『流水玉(るすいぎょく)』は、小さな欠片に分解することであらゆる形に形成することができる――」

少年は「流水玉」と呼ばれた球を指で遊びながらこちらに近付いてきた
痛みをこらえながらも意識をしっかり持ち、思考を重ねる。つまり

わざと水晶の刃を砕かせて、私の背後から攻撃させるようにしたのか?!

後ろを見ると、少年の指示を待っているかのように先ほど砕いた水晶たちが
再び刃の形を取り空中に浮かびながら白亜に狙いを定めていた。

少年が白亜の首筋に水晶の刃を当てた。

「さぁ、それを渡すんだ」

「・・・・・・・・・・・・・・・!」

白亜は剣から手を離し、あきらめたかのように目を伏せた。
少年は口の端を大きく歪め、ふん、と笑う。

「それでいい」

刃を首筋から離し、剣を掴もうと腰をかがめる。

その隙を見て、スカートの後ろに挟み込んでいた「物」を取り出し少年に向け

ドン

弾丸を放った。

その弾丸は見事少年の頭を貫き、反動でのけぞった。
パッと剣を取り戻し、後ろから飛来する刃をことごとく地面に叩きつける。
今度は砕かれること無く転がって行った。

「・・・はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・・・」

危なかった。

本当にギリギリの綱渡りだった―――もしあの男から拳銃を奪っていなかったら、
今スカートの後ろにはさんでいなかったら
弾丸がもうすでに残っていなかったら
確実に剣を奪われていた。

そしていずれ死ん―――

「無駄なんだよ」

全身が凍りつき、足を震わせながら後ろを向く。

「そんな人間が作った物じゃ俺は殺せないぜ」

そんなはずはない、と何度もまばたきして見るが、そこに少年は居た。
確かに頭を弾丸で撃ちぬいたのに。
確実に死んでいるはずなのに?!

「なんで・・・・・・?!」

「俺が神だからさ」

どういう仕掛けだ?体を狙ったのなら防弾チョッキで何とかなるだろうが頭を狙ったのに!

「神だと・・・・・・?」

「あぁそうさ。『レドノ』。選定と運命を司る神、選定者『レドノ』。それが俺の名前さ」

「何が神だ!ふざけるんじゃない!」

何を自分はむきになっているんだろう。
こいつが冗談を言っているに決まっているのに。

しかし、あんな芸当ができるのは―――。

「ふざけてなんていないさ。『浄化』が終わったからその後始末にその剣を探しに来ていた」
さらに付け加える

「この世界の浄化を行ったその剣をな・・・・・・・・・・・・」

「浄化・・・・・?!」

この世界を。

「そうさ」

「・・・・・・・まさか、あの地震は・・・・・お前が・・・やったというのか?」

「正確には俺じゃねえ。時間と寿命を司る女神、執行者が、その剣を使って『浄化』したのさ」

執行者という言葉が妙に頭の中で引っかかった

どうやら浄化と言うのが2年前の地震であることに間違いは無いようだ。

この剣を使って・・・・・?どうやってそんな事が?

「わけわかんねーって顔してるな」

「教えてやろうか?その剣の事」

レドノという少年が”世界を喰らう漆黒の聖剣”と呼んだこの剣。

「その名の通り、その剣には世界を喰らうほど強い力が秘められている。
秘められているだけでそいつの力が世界を喰らうだけじゃない。
その剣を手にする事ができた者に、絶大なる力を分け与える事もできるんだよ。

お前ならその力の強大さを知っているだろう?」

「・・・・・・・・・・ま、まさか」

白亜が今まで生きてこれたのはこの剣のお陰だ、と先刻、自分で言った。
それは今まで剣を使って身を守ってきたからそういう言い回しをしたのだが、

本 当 に こ の 剣 の 力 だ と い う の か ?

「気付かなかったのか?どう考えてもおかしいだろう。お前のような小娘がこうも簡単に人を殺せるなどと」

(作者のつぶやき。本編と関係ありません:その台詞は他の作品で言ってはいけませんよwレドノ君)

そんな・・・・・・・・?!

でも、確かに言われてみればそうだ。

第一この剣を初めて手にした時もおかしい。
あ ん な と こ ろ に な ぜ 剣 が 刺 さ っ て い た の か 

「そしてその剣は「異空間」への鍵でもある」

あの少女はなんと言ったか。

「そう、そうなの、あなたが白亜、世界の鍵を握る者!放浪者であり、執行者の敵!」

「あなたはこれから鍵を手に入れるわ。あなたが生き抜いていくための鍵。

あなたを邪魔するものがあったらその鍵を使って」

執行者の敵―――!

そう。「鍵」を手に入れると言った。生き抜いていく為の鍵。

その鍵を使って生きていくと、そうはっきり言った―――。

足の力が抜けてきた。そういえば出血していたのだった。

それだけではない。自分は何か壮大なものに操られているのではないかという恐怖が急に襲ってきた。
それが、神なのか・・・・・・・・・?

白亜はぐっと唇を噛みしめ、剣を杖代わりに立ち上がった。

「ふざけるな」

「?」

「ふざけるなぁぁぁ!!!!」

絞り出した声は頼りないながらも怒りがにじみ出ている。

肩で息をしながらも、目にどす黒い光を宿し、レドノを睨みつける。
「神だって?」

ふらふらする。立つことで精一杯だ。
けど。

「そんなものはいない・・・・・・・」

「いや、いようがいまいが関係ない――――」

そうだ。神様は居ると信じていたのに

「私を救ってくれないのなら、
神など存在する必要など無い!!」

誰かが救ってくれるんだとおもってた。

困ったらどこかから誰かが救いの手を差し出してくれて、

自分が抱えている問題を全て解決してくれるんだって―――。

けど、現実には誰も私を助けてくれない。

それどころか、今世界に存在している全ての物は私の敵だ。
ならば仕方が無い。

私自身の手で敵を殺すしかないんだ。

私が天国にたどり着くために、地獄で行く手を阻む全ての死霊を薙ぎ払うしかあるまい。

私の居場所は、血塗られたこの手で掴む

「だあぁぁぁっ」

剣を思い切り振り下ろす。レドノは紙一重でよけようとしたが、わずかにかすった。

淡い光が傷口から溢れだす。神の血なのだろう。
そんな事を考える余裕もなく剣を振るう。

時々飛んでくる刃を払いながら、たとえそれが体をかすめようとも、刺さろうとも休まずに。

あなたは天国にたどり着く資格がある。強さがある。力がある。

そこが決してあなたにとっての天国でなかったとしても、

そこは天国にかわりはない。

そこに暮らすか、去るかもあなた次第・・・・・・。

全ての運命は決まっていても、

その運命を知らないあなたはあなたが決めた道を歩みなさい。

後悔などしないように

天国を目指す。
そこに真実がある限り。

そして私がそこに辿りつけるまで
「私は負けない!」

閃光が走ったのは、きっと白亜が気絶したからだろう。
白亜は白い光の中を漂っていた。

その奥には、一人の女性がいた。

あの剣を持って。

――剣・・・・・・・・私の剣・・・・・・―

剣を取り返そうと手を伸ばすが、体は動かない。ただ傍観するだけ・・・

女性は、剣の先を下にして、剣を握っている。
そして何事かをつぶやく。

と、その何も無い白い空間だった床が、穴があいたように何かを映し出した。

それはビル群を上空から映しているような。

そして剣が発光し、手を離すとそのビル群へ向かってするすると落ちていく

「待って!剣を返して!!」

すると、白亜もその剣と一緒に落ちていった―――

そして気付く。
それは白亜達が暮らしていた街だったことに。

そして上空を見ると、女性の姿が目に入る。

女性は

泣いているようだった。

はっと気付くと、相変わらずに重苦しい空だった。
「・・・・・・・・・・・・・・」

未だにそこがどこであるのか、事情がまったく読めず、呆然として起き上がる。

「よう」

はっと左を向くと、少年が瓦礫の上に座っている。

思い出した。

近くにちゃんと剣があったので柄を掴むが、ふと、違和感を感じる。

「この剣が目的じゃなかったのか?」

どうして気絶しているあいだに奪ってしまわなかったのだろう?
ふん、とそっぽを向きながら、「気が変わった」と一言だけ言った。
そういえば体の傷が全てふさがっている。どういうことなのだろう?

「お前、天国を目指しているのか?」

「!?」

理由を求めているような表情をしていたのだろう。えらく簡潔に説明してくれた。

「寝てる間ずーっとうなされてた」

寝顔を他人に見せて恥ずかしいなどと言う感情はとっくに消えうせているが、
気分のいい物ではなかった。

「こうしよう」

レドノはひょいと瓦礫を降り、付いた砂を払い落とした。

「俺はその剣を『天国』へと持って帰ろうとしていたんだ」

「何?!」

「お前は天国を目指している。俺も天国へ帰る必要がある。どちらも剣を必要とするが、
それまでの道のりは二人とも同じだ」

「・・・・・・つまり、お前は天国への道のりを知っていると?」

「正確な場所をな。お前じゃきっと見つけられない」

信用していいのか・・・・・?

旅に同行して隙をつこうとしているだけではないのか?

疑えばきりが無い。
「わかった。その案内をしてほしい」

だが、天国の正確な位置というのは非常に頼もしい情報だ。

それに隙を見せなければいい。

こうして、天国への道のりが開けた。

天国がなんたるかも知らないままに。

続く。

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