砂時計が沈黙した日

漂流者 壱太の話

1.さかあがり

   もうすぐ夕陽が沈もうとしていた。
 誰もいない小学校の校庭に、ひとりぽつんと少年がいた。力無く鉄棒にぶら下がる姿は滑稽以外の何者でもない。

 別に少年だって好きで居るわけではないのだが。

 ―――弱ったなぁ。あした逆上がりのテストなのに……―――

 ため息をつきながらもぴしっと姿勢を正す。

 少年は今日の授業の屈辱的な光景をまぶたの裏で再生した。

 あの屈辱的な情景。自分ひとり最後まで出来ず、
クラスのみんなから笑われ、先生からは「どうしてできないの」と呆れられ
思わず目に涙をためていた。

 だから明日のテストまでにはなんとかしなくてはならない。
 あんな恥ずかしい目にあうのはもうごめんだ。



 今度こそ出来る。そう信じ込み心を落ち着かせながら、ざらりとしてひんやりとした感触の鉄の棒をぎゅっと握る。

 そして意を決す。

 校庭をぐんとけり上げ、そのつま先が弧を描きながら空を切る。


そして


 体が垂直になる前に重力の影響を受け、地に堕ちた。

さっきからずっとこんな調子。
――弱ったなぁ……本当に……――

 どうも逆上がりというのは苦手だった。友人の中には軽やかにくるりくるりと廻れるのもいたけれど、
どう考えても後の人生で得をするとは思えなかった。

 損得どうのこうのという問題ではないということは幼いながら、彼も十分承知だったが、
 明らかにおかしいと思わずにいられない。

 しかしこんなところで一人愚痴っていてもどうしようもない。

もう一度……っ

しかし結果は変わらない。

その身体が鉄の棒を一周する事はなかった。

はぁ………

鉄棒に手を当てる前よりも深いため息をついて

(もう帰ろう……)

つややかな輝きを放つ黒いランドセルをつかんだ

その、瞬間のことだ

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
なんだ……っ!?これ……地響――――?
ドォォオオオオオオォォォォオォォォォオオオォオォォオオ・・・・・・・・・・

わずかに地が揺れ、間をコンマ一秒あけた後

オオオオオオ オオオオオオオ


地面が波打ち、その場に立っていることもままならないほどに強い地震だった。

いや、違う。これは地震などと言う生半可なものではない。

そんな違和感の中で、少年はそれ以上の違和感を覚えた。

(……え……?)

聞こえたのだ。

「「すべては、無に返さねば」」

「「私は」」

「「役目なのだから」」

全てが断片的な単語で、理解など出来なかったが、

聞こえたのだ。

未だに続く大地の震えの中、

意識がだんだんと薄れていく中――――

オオオオオオオオオオ・・・・・・・

おんなのひとの、消えてしまいそうなくらいにか細い声が。






目の前が真っ白になった。



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