砂時計が沈黙した日

漂流者 壱太の話

2.まっしろ

  「う…………」

 少年は小さなうめき声を上げた。
(えーっと……)
 意識は戻ったが、どうやら記憶が混濁しているようで、頭の中は白く霞がかっていた。
 それになんだか目の前までもがまっしろなので、目が覚めてないのかもしれない。
(たしか、僕は学校にいて………)
 身体は伏せたまま、思考回路だけを動かす。落ち着いていると、少しずつ記憶と記憶とが繋がり始めた。
(鉄棒のテストがあるから練習していて)
 それから
(帰ろうとしていて)
 それで
「地震……」

 頭の靄がとれ、ぱっと目を開ける。
 しかし真っ白だ。

「地震があって。それで……?」

 むくり、と重い身体を起こすが、現状は変わりそうも無い。

世界は真っ白だった。

(夢………なのかな?それとももう―――)
 その先に続くはずの言葉は発せられる事は無かった。
 本能的に脳が拒否していた。

すこし見回して見ると、何も無いわけではなさそうで、ふわふわと重力に逆らいながら何かが浮かんでいた。

それに少し向こうに椅子が一脚と、大きくてどっしりとした砂時計が置かれていた。
よくよく見れば浮いているのも大きさは違えど砂時計だ。

「すなどけい……」

よろよろと近付きながら、自分が認識できるものに逢えた事にわずかな安堵感を抱けた。

それにしても大きな砂時計だった。

自分とほとんど変わらない高さで、大きな硝子の中に薄桃色のきらきらさらさらした砂が満ちている。

まだ落ちきるには時間がかかりそうな。

ふと、声が空間に響いた

「何故、ここへ?」

びくりと身体を上下させ、ぱっと砂時計から手を離す。

後ろを振り向くと白くて薄いドレスを着たとてもきれいなおんなのひとが少年を見下ろす形で立っていた。

「なんで……っていうか……あの……」

自分でも状況が理解できていないため、説明する事はむずかしい。それを察したのかどうかはわからないが

「あなた、地球の人?」
と、おんなのひとが静かに尋ねてきた。

「え、……え?」

どういうことだろう。今まで9年間少年は生きてきたが、そんな訊き方をされたのは初めてだ。
それはつまりわかりきったことで、そんなアバウトな質問は普通しないはず。

つまり

「ここは地球じゃないんですか?」

「そうだけれど、そうではない」

…… 

…… 

……。

それは返答だったようだ。
訳がわからない。

「あの……地震、ありましたよね?それで……そのあと、なにかあったんですか?」

なにかがあった事は違いないだろう。
そうでなければこの状況の説明がつかない


「何も。ただ地球が崩壊しただけよ」

……

……


……。

え?

「そうなるべき運命だったから。
              それが私の使命だったから」



「つまり……ここはあの世ってこと?それで……あの……
みんなは?お父さんとかお母さんとか友達とか先生とか」

「死んだでしょうね」

「それと、ここはあの世なんていうところじゃないわ。少し次元がずれているだけ。
あなたは生きているでしょう?」

自分を取り囲む世界のように頭の中は真っ白だ。

世界は、どうなってしまっているのだろう?

「よ……よく……わかんないんだけど」

頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。

「な、なんのこと?世界を破壊したって……そんなことってあるの?」

ゲームかアニメみたいな台詞で、まったく実感なんて無かった。

せかいがこわれた?

みんなしんだ?

それはどういう意味なんだろう?

全く理解なんて出来ない。

「砂時計が落ちたから」
「?」

ただぽつりと言っておんなのひとは右手を差し出した。

手の甲を下に向け、一度ぎゅっと握る

すると光が洩れ始め、その白い手を包んだ。

光は球になった後、シャボン玉のようにはじけるとそこには砂時計があった。

先ほどのおおきな砂時計とは比べ物にならないほどに常識的で、一般的な砂時計。

「これは世界の興亡を示すもの」

その砂は完全に下へと落ちきっていた。

「これは人間達の文化の砂時計」

「これが、人間達に許された時間」

砂は完全に落ちきっていた。

「なに?それ……」

言いようもない不気味な恐怖がつま先から心臓位まで駆け上がった。

「これが落ちたということは」

人間達の死を意味している。

そのことばははるか遠くから聞えた気がした。

どうしようもないめまいが脳を叩いていた。












「いやだ」

「?」

「何それ?わけわかんな、だっ」

何が壊れた?

誰が死んだ?

ここはどこ?

地球?

何?

学校も

消えた?

死んだ?

何が?

少年はパニックを起こし、泣き崩れるようにその場にひざを折る。
「あ、あしたっ……鉄棒のテストで」

「――――――」

「そうだよ。僕練習しないと。わら……っ……みんなに笑われちゃ……っっ」

大きく鼻をすすって、目を一生懸命こする。

「それで、練習したら帰らないと。おかあさん心配するし。4時までに帰らないと……おこられ……」

「貴方が帰る家なんてもうないのよ」

感情の無い刃を容赦なく少年に向けた。

わからない
わからない
わからない
わからない
わからない
わからない
わからない
わからない
わからない
わからない
わからない
わからない
わからない
わからない
わからない
わからない
わからない
わからない
わからない
わからない
わからない
わからない
わからない
わからない
わからない
わからない
わからない
わからない


わかりたくなんてない。

「うっ……うううぅうぅ……っ」

必死に我慢するのに

虚しく涙は頬を伝って真っ白な大地に落ちた。









「で、あなたはこれからどうするの?」

……

「もう地球は今までとは違うの。貴方の家は無いし、人も―――」

「そんなことわかんないよ!!!」

声を張り上げ、普段は見せたこと無いような顔で睨みつける。

「だってどうするっていったってわかんないじゃないか?!」

選択肢が無い。

何をしたら良いのかわからないし、

どうすればいいのかもわからない。

生きているべきなのかさえわからない。

「そんなこと、僕がきめられるわけないじゃないかっ!!」

「もういやだっ………」

全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部

「もう………わからない………」

なにもかも





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