私と彼女は結局似てなんていなくて、 つまりは別の人間で、 だからこそ 私達はこのどこまでも続くと思われた暗雲のなかの、ほんのわずかな陽射しを、その喜びを感じ 生きてこれたのだと思う。 桜の樹はつぼみをつけてこそいるが冬の装いで、吹く風も未だ春の近さを告げていなかった。 卒業式が終わり、わけも無いくせに泣いている同じ性別の生き物を、二人は窓の手すりに寄りかかって観察していた。 「なぁ田宮。訊いてみたいんだが」 「なぁに。花枝ちゃん」 「あれらは何故にあんだけ無駄に泣けるのかね」 「素晴らしき高校生活の中、苦楽を共にしてきた仲間達と離れるのが惜しいのよ」 っていいたいけど、と一度言葉を切ると田宮の乙女モードはスイッチがオフになり、いつもの『世の中てやつぁつまらねぇなあ』とでも言いたげな表情に戻った。 「実際は卒業式イコール涙という世間の等式を崩してはならないという一種の条件反射 あるいは遺伝子を遺すためのアピールなのかもしれない」 「そこまで関係あんのか?そーいうのはオスの役割じゃんかよ。それにここでそんなアピールしても女子クラスだから意味無いだろ」 「今は雌化がどんどん進んで『つがい』が見つかる可能性が減ってきているんだから。女もかわいいところ見せて勝ち残らなきゃならないのよ。どこで男子が見ているかわかんないんだから」 「ふーん。大変なのな」 「花枝ちゃんも生物学上メスよ」 「んなもん知らねーよ」 「そうね。確かに花枝ちゃんはオスがいなくても自家受精とかできそう。あるいは分裂」 「シバくぞ」 「シバき返すぞ」 「悪かった」 クラスのイメージではそのオーラ故、花枝の方が怖いという風に思われがちであるが実際のところ田宮の方が比べ物にならないくらい恐ろしいというのは花枝と一部の女子生徒のみしか知らない。 能ある鷹はなんとやら。というわけでもないけれど。 「でも私だって泣きたい気分よ」 クラスメイト達から目をそむけるように外へ体を向け、窓に備え付けられた手すりに華奢な体重を預ける。 前髪をかきあげる腕は白く、うっすらと青い血管を浮かび上がらせている。風は冷たくも、温かな三月の陽射しがその白さを一層に際立たせていた。 「感傷的だって?似合わないねえ。あ、それとも花粉症ってか」 「お馬鹿さん。こいつらとおサラバできてうれし泣きよ」 こいつら、と言った時にあごをしゃくるように後ろで泣いているそれらへと向けた。 なるほど、と花枝は穏やかに微笑む。 「あたしら浮いてたもんなぁ」 苦笑し、しみじみと今までの事を思い出しながら、すこし複雑な思いで空の上の濃い青を見た。 おぼろげでか弱く月が浮かんでいる。 「ねぇ、『先生』のところ行こっか?」 吐息も聞こえるくらい顔を花枝の方に寄せいたずらっぽく笑う。彼女の真っ白な歯がちらり。 「いーの?ハナミチくぐったり、入り口できゃあきゃあやんなくて」 「いーの。ボタンなんてあげないしいらないし」 「だあな」 興奮冷めやらぬ生徒達を尻目にこっそり教室を抜け出し、廊下を勢い良く駆けた。 『先生』はもう職員室にはいない。 今は学校を辞め、ここから離れた町の静かなところにいる。 学校の裏のフェンスをよじ登る途中、「あ」と花枝が思い出したように声を漏らした。 「あたしさ、中一んとき、好きだった先輩に『ズボンください』って言ったらめちゃめちゃ引かれたんだけど、そんなヘン?」 「パンツよりマシなんじゃないの?」 「だよなー」 花枝はスカートがめくれるのも気にかけず、フェンスから飛び降りた。風が髪をかきあげ、世界がどんどんと近くなる。 灰色の世界に足が着く。 膝を曲げ衝撃を和らげるが、足はじんじんと悲鳴を上げていた。 「うっわ、飛んだー。痛くないの?」 田宮は対照的に、堅実にフェンスを降り、ゆっくり着地した。 「大丈夫」 それ以外に何か返すだけの余裕は無い。まだ足は息の長い悲鳴をあげ続けている。 ただそれを強張った笑顔で痛みが過ぎ去ってくれるのを待つだけで良い。 「私は髪の毛だったなァ」 「もらったの?」 「ううん、私のを切って『大切にしてね』って笑顔で言ってやった」 「うっわ、猟奇的」 「まぁ枝毛をカットしただけなんだけどね」 「田宮のそう言うところ、好きだよ」 「ありがとん」 花枝と田宮は似ている、と先生は言った。言われた当時は反発していたけれど、実際は確かにそうなのかもしれない。 こんな変態的な話ですらすんなり受け入れられ、より変態的な答えが返されるほどなのだから。 まるで同じ腹から生まれ、同じ時を重ね、同じ世界で生きてきたかのようだ。 けれどそんな二人が仲良くなる、いや互いの存在を知ったのは高校二年の時。クラスは一学年、十二クラス。 それだけの規模になると、せいぜい隣のクラスの人間の顔を知っているぐらいで 他のクラスとの交流が個人的にあったとしても、全く関わらない人間というのは出てくる。 もしも後少し何かが、たとえばテストの点数を5点落としていたら二人は顔をあわせることなく こんなにも気が合うことも知らずに学校を卒業してしまっていたのかもしれない。 そんな偶然の中、二人は出会った。 →次へ 目次へ戻る 作品一覧へ戻る 茶室トップ |