ハナミチ 15





 絵の構図は既に決まっていた。
 前に田宮が描いた物にアレンジを加えた二人の合作のようなものを作りたいと思い、デザインだけは始業式の日から考えていたのだ。

 田宮は椅子に座り、そのスケッチを見ながら
「これ、もしかして『北風と太陽』?」
 と尋ねた。花枝は頷く。
 放課後の美術室はあの日のような橙色に染まっていた。
 けれどあの日とは違う。とても小さな舞台だが、花枝はしゃんと背筋を伸ばして舞台の上に立っていた。田宮と共にスポットライトを浴びていた。

「北風と太陽の話は知ってるだろう」

**********
 むかしむかし あるところに北風と太陽がいました
 ふたりの性格は正反対
 太陽はだれにでもやさしくて ぽかぽかしたあたたかさは
 だれからも好かれています
 けれど北風はいじっぱりのひねくれもののごうつくばりで
 つめたくきびしい風をびゆうびゅうふき荒らすのでみんなからきらわれていました

 そんなある日 ふたりは勝負をすることになりました
 北風は太陽をうちまかしたくてしようがなかったのです
 勝負のないようは たびびとのコートをぬがすこと

「こんなことくらい へいちゃらさ あっというまにぬがしてやらい」
 北風はいきおいよく風をふいて たびびとのコートをふきとばそうとしました

 しかしどうでしょう
「おお 北風がふいてきた さむいなあ さむいなあ」
 さっきよりもぎゅっとコートのあわせをひっぱって
 コートとからだをくっつけてしまいました

「それならわたしにまかせなさい」
 太陽は北風をおしのけて むむっとむねをはりました
 太陽のひざしはぐんぐんとつよくなり、どんどんどんどんあつくなっていきます

 するとどうでしょう
「ひゃー きゅうにあつくなってきたぞ こりゃあたまらん」
 たびびとはコートをぽいっとぬぎました

 この勝負 あたまをつかった太陽の大勝利でしたとさ

**********
「うんうん。そんな話だったね」
 スケッチブックを花枝に返しながら
「それって力に任せて押し通すと返って逆効果だっていう寓話でしょ?」
「そうだよ。でもその話の続きって知ってるか」
 花枝は自分で描いたスケッチを一撫でした。北風はどこか泣いているように見える。

**********

 北風は太陽の作戦に舌をまいてしまいました
 そしてどうしようもない事実にきづいてしまうのです

 自分のなんとも愚かしいこと
 惨めで哀れで 歯がゆいほどに憎らしい
 そして太陽がどうしようもなく羨ましくなりました


 けれど北風にはどうする事もできません
 北風には誰かをあたためるようなぬくもりも 恵みをもたらす術も持ち合わしていないのです

 そんな自分を恥じながら それを認めるだけの勇気もなく
 太陽がだいきらいになりました

 だからめいっぱいの雲を集めて太陽を隠してしまうことにしました
 嫌いになると楽になることがわかったのです

 まっくろな雲で覆い隠し びゆうびゅう風をふきめぐらせました
 そんなことに意味なんてないのに なんにもならないのに


 太陽は北風に怒ったでしょうか?

 いいえ たいようはいつもとなにひとつかわることなく
 北風すらもあたためました

 にこにこと ぬくぬくしたひざしをおくりつづけました


 もう北風はどうしようもない自分の愚かさを悔いて
 雨をぱらりとおとして 山のむこうへ消えてしまいました

**********
「この話は何を伝えたかったんだかな」

 ふと顔を上げたら、田宮が神妙な顔をしていた。この話の意図に気付いたのだろうか。
「その話にも続きがある事知ってる?」
「?」


**********
 山のむこうに行ってしまった北風を見て 太陽はあることを思い付きました
 ひざしをどんどんつよくしていきます

 どんどんどんどん

 地面はちりちりと音をたてています
 植物は枯れ、水は蒸発し、人々は困り果ててしまいました

 北風はその様子を唖然として見ていました

 太陽はどうしてそんなことをするんだろう?
 そんなことを考えてもわかりません

「太陽や なんでそんなことをする? もうやめてあげたらいいじゃないか」
「いいや やめない」
「どうして?」
「理由なんて あるもんか」

 ただ 北風はこのままではいけないとおもいました
 鉄板のように熱くなってしまった地面を冷やさなければなりません

 びゆうびゆう ごうごおう
 北風は冷たい風を吹き荒らし 雨雲をよんで 冷たい冷たい雨をふらしました


 すると人々はおおよろこび

 雨の恵みをもたらした北風に感謝しました

 すると太陽はにっこりと笑い またいつもぐらいのひざしにもどしましたとさ

**********

「このお話は何を言いたかったんだろうね」

「さぁ、な」

 思わぬ切り返しに苦笑して、スケッチブックを閉じた。
 北風の顔は、もう少し穏やかな風に描き変えなければならないだろう。
「はじめるか」
「うん」








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*おまけ*
 本編とはあんまり関係ありません。
「この話は何を伝えたかったんだかな」

 ふと顔を上げたら、田宮が神妙な顔をしていた。この話の意図に気付いたのだろうか。
「その話にも続きがある事知ってる?」
「?」
(中略)

「このお話は何を言いたかったんだろうね」

「さぁ、な」
(私が夕べ、寝ずに考えた寸劇の続きをいとも容易く考えてしまうなんて! 北風だけでなく私にも救いを見出せる結末を、ほんの一瞬で思いついたっていうの?!
  田宮……恐ろしい子……!)