生存者 いきるもの達の話

3.あかいいろ

 

横たわる鮮やかなシタイ。

それを冷ややかに見下ろす白亜にレドノは「食わねぇの?」とだけ言う。

「誰かに見られていて気分のいい物では無い・・・・」

「ふーん」

「・・・・・・・子供」

「?」

忘れていた。

「子供は?」

小さくなって隠れていた。

「大丈夫?」

「ひっ?!」

返り血を浴びた白亜にすっかり怯えてしまったようで一向にこちらへ来るような気配を見せない。

(弱ったな・・・)

「君、どこから来たの?」

魚が酸素を求めているように口をぱくつかせ、何事かをつぶやいている。

「なにがあったんですか?」

かろうじて聞き取れた言葉。何・・・とはどのことをさしているのだろうか?

「あの地震の後・・・・っ、なにが、あったんですか?!」

「?」

「あの地震が起こって、それで、どうしてこんな事に?!みんな、なんでこんな殺し合いなんて?!」

「待って。落ち着きなさい」

この少年は地震のせいでおかしくなってしまったのだろうか?
しかしもうあれから2年経っていると言うのに?

それより

「どうして今まで生きてこられたんだ?だれか、オヤとかが守ってくれたの?」

「何?え・・・・守るってどう言う事なんですか?」

どうやら少年は記憶が混乱しているようだ・・・

「少し落ち着きましょう。あなた、名前は?」

急に落ち着きを取り戻したように、

「壱太」

そうしっかりと自分の名を名乗った。

「どうして、と言われてもね」

神社を降りてすぐ近くの崩れたブロック塀に腰掛けた。

「こんな環境だもの。誰かを殺さなければ生きていけないわ。
食料だって日に日に減っていくばかりだしね。
2年も経てば人間なんて、」

「今、なんて?」

二人とも呆けた顔をして見合わせた。

「にねん、って何ですか?」

「・・・・・・・・・何を訊いているのか解らない」

「2年って・・・・・いつから2年ですか?」

狼狽しきった様子で壱太という少年が詰め寄ってきた。お互いに話がかみあっていないようで
歯がゆいような違和感が漂ってきている。

「地震から・・・・・2年」

少なくともそういうつもりで言ったのだが。

「うそだ」「うそなんかじゃない」

自分が必死で生きてきた2年を全否定されても困る。しかしどういうことなのだろう。

「だって僕は・・・・僕が『向こう』にいっていたのは・・・・そんなはず?!」

彼には2年間の記憶が無いのだろうか?ではどうやって今まで生きてきた?
ただでさえ子供はほとんど死んでしまったというのに・・・・・・

いや

待て。

「『向こう』――――とは、どこへ行っていたの?」

白亜は少年の胸倉をつかんで殴りかからん勢いで次から次へと質問を浴びせ続ける。
「地震の前って?」「どこから来たの?」「向こうと言う事は他の所は平気なのか?」

「天国・・・・・・だろう?」

答えを持っていたのは壱太ではなく沈黙を守り続けていたレドノの方だった。
「天国・・・・」

予想だにできなかった、そして求め続けていたそのことば。
わずかに白亜の体温を上昇させる。
無意味に大きく息を呑んだ―――

ゆっくりとした足取りでレドノが言ったに近付き上から見下ろし
「お前、『女神』に会ったな」「『刻さん』のことですか?」「そんな名前なのか?」

「おい、どういうことなんだ?」

わかりそうでわからない単語を並べられるというのは実に気分が悪いものだった。
キザミ?メガミ?

それに天国と空白の2年とはどう繋がりを持っているのか全くつかめない。
同じく当事者である壱太も良く理解できていないようで二人分の視線が無表情な
レドノの顔にのしかかっていた。

「あそこは時間の流れが不安定なんだ。恐らく「浄化」の時にできた空間の歪みに入り込んで
運良く天国に迷い込んだんだろうよ」

「僕・・・・多分半日しかいませんでした」

「時間の流れが『速い』時だったんだなお前は運が良いな」

「そんな・・・・・」

少なからずショックを受けているようだった。
さしずめ即席浦島太郎。

お湯をかけて半日。

見事世界は2年経ってます。

そんな事をひとさじも気にかけず、

「おい、それは、つまり」
「あぁそうさ。天国は近い」

旅の終わりを告げる鐘が左胸で大きな音を立てていた。

天  国  で

何  が  待  つ  の  だ  ろ  う  か  ?  















「お―――い?お前何やってんだ?」

「見てわからないか?食料調達・・・」

社の中に貯蔵・・・というには量が少なすぎるが、置いてあった食糧をあさっている白亜を見つけた。

どうやらジャーキーよりもそちらのほうが気になったらしい。
転がっているものはトマトなどの良く知った野菜から
雑草にしか見えないような草まであった。

しかしどれにも共通しているのが「洩れなく貧弱」であること。
無理も無いだろう。あの村はあれた土地を強引に開墾し
瘠せた土地に肥料もろくに無い中種をうえたのだと聞いたのだから。

芽が出て実った事すら奇跡に近いというのに、見た目や味などに文句は付けられまい。

そのわずかな食料を全てリュックに詰め込んだ。
「それ、村に持って行くのか?」「まさか。私はそんなにお人よしじゃない」
「―――、取り戻すために来たんじゃねぇのかよ」「違う」

リュックを背負い、布をしっかりと巻きつけた剣を背と荷の間に挟み込んで

「自分達の奪われたものなんて自分達で奪い返せば良い。
私はここに食料があるというから来ただけだ」

その言葉がレドノの眉間に深いしわを刻んだのを見ずに外へ出た。

「お前らはどうして・・・・・・・・・・・・・」

勿論そんなつぶやきも鼓膜を震わせることなく。













「あんたはどうする?ここにいても死ぬだけだが」

まぁここにいるやつらを食えば最低1週間、保存さえ上手くやれば余裕で2ヶ月は生きられる。

という助言をするほど白亜は人でなしでなければお人良しでもなかった。

すでに人ですらないけども。という自嘲と共に胸の奥にしまっておくことにした。

壱太は着ていたトレーナーのすそを必死に掴んで下唇を噛んでいる。

子供を相手をするのは疲れると深いため息をついても
壱太の方は微動だにしないので

「家族はいたのか?いないのなら――」

そこまで言いかけて『何か』を感じた。

これは・・・・?

「あぁぁぁあ゛ぁぁああぁっ!!!」

血管を浮き上がらせた汚らしい身なりの男が短刀を持って
一番近くの壱太めがけて襲い掛かってきた。

さながら猪のごとく。薄汚く野山を這い蹲る汚い野豚。

食べるとうまいらしい。

などと考えている間はなさそうだ。

―― まさか・・・っ?!残党がまだいたのか?! ――

剣に手をかけたが間に合いそうも無かった。

そのわずかな間に「大丈夫だ」というレドノの無気力な声が聞こえ

壱太の腹部を刀が付きぬける光景が飛び込んできた。

もうだめだ・・・・

しかし

血しぶきがあがることなく、まるで人形にナイフをつきさしたみたいに
ただ刀が飛び出て腹から生えているように見えていた。

「「ひぃやあああああああああああ」」

男と壱太の声が重なり

不協和音を美しく奏でた。どちらも、白亜さえも現状がつかめないまま
空間が静止し、凍りついた。

唯一冷静だったレドノが刃を飛ばし、見事男の頭を貫いた。

白目をむいたまま左にどすんと倒れこむ。

壱太の代わりに赤い赤い血液をどくんどくんと広げて――――。

「何?!これっ・・・ねぇ、いたいっわからな、訳解らないっ嫌だよ?!わぁぁぁぁぁ」

駆け寄って見ても流血の気配は無い。ただ本当に剣が突き出ているだけ。
どう処置すべきか迷ってしまったが、呆れた様子でレドノは柄に手をかけた。
「おい、むやみに抜いたら余計に傷が――」
「大丈夫だっていってんだろ?」

「わぁぁぁぁぁぁ」

「うるせーな、動くなバカっ。どうせ痛くはないだろ?落ち着けよ。」

ぐいっと引っ張り出すと綺麗なままの刀身が露になる。傷口もなさそうで
それどころか服すらも破れていない。

まるで手品だ・・・・・

昔テレビで見た貫通のマジックをきょとんと思い出していた。

「『そんな人間が作った物じゃ殺せないぜ』」

既視感(既聴感?)をくすぐるような台詞と記憶が繋がると、戦慄が体の内側から外側へ
ものすごい勢いで駆け抜けていった。

「 まさか 」

「こいつも・・・『神』だ」

あごで剣を指し、「出せ」と合図したので布をとく。

そしてレドノに手渡すとその先でまだ泣きじゃくっている壱太の指先を少しだけ切る。

傷口からは木洩れ日を思わせるようなあたたかい光が溢れ――

「神は普通武器なんかじゃ殺せねぇよ。『世界を喰らう漆黒の聖剣』ぐらいか神技でなきゃな」

では前にレドノを切りつけた時にも出たあの光は血のようなものだったのか。
「つまりは私は神すらも殺すことが出来ると言うなのだな。お前さえも」
「そうだが、天国に行きたくないのなら好きにすれば良い」

冷たい微笑をお互いが残し、白亜はすっくと立ちあがる

「神、ということは飲まず食わずでも生きていけるな。それなら私には関係ない」

「え?」「置いていくのか?」「これ以上子供は要らない」

「待って!!」

ようやく上を向いて、けれど泣きじゃくるのはやめないで汚れた白亜のブラウスに掴みかかり縋る。

「よくわからないっ・・・・・・おいていかないで」

怯えた瞳が助けを求めていたがそれに対する感情はあいにく持ち合わせていない。

「よくわからなくてもここはあなたの世界。それはずっとこれからも変わらない」

「私はあなたが行ってきたという天国を目指しているの」

てんごくという単語にびくりと手を離し、怯えを露にする。

「もう貴方がいた世界は貴方の知っているものではないのよ?」

「そんな醜い世界で、どうして人は生きていけるの?!」

「ここにいれば貴方は安全――」

「・・・・・・・本当に・・・・・・・・・・・・・・・・・いいのね」

「辛い現実になるわよ。世界中のどこに行ってもおなじなのだから」

「そこでいいのなら構わないが、その先の保証は無い」

それでも着いて来るか?

約束をしていた。あのひとと。

自分が今まで生きてきた世界で、楽しかったあの場所で。

生きていくと約束した。

美しかったあの街がもうない事も知らずに。

それでも強く生きていこうときめたんだ。なのに・・・このくらいのことであきらめてしまうのか?

「僕は―――――」

あの目が、忘れられない。

思わず小さなトマトを手にとってしまった時に襲ってきた男のくすんだ瞳。

あれは人ではなかった。
そんなものは知らなかった。

知らなかっただけなのだろうか?

人間は他人に優しくできる生き物だと思ってきた。

けれど、あんなふうに、生きるためなら変わってしまうのだろうか。

もし、そうだとしたら僕は―――――。

体を蝕むのは恐怖。

心を縛るのは約束。

痛みを訴えるのは良心。

喉の奥が焼けそうで、

心のつなぎ目がほつれていくようで

つむいだ言葉は

「ついて・・・行きます」

心臓が断罪の縄に縛られ、罪が許されることを祈る事すらもできなかった。

聴こえぬ悲鳴をただひたすらにあげるのだった。

赤い罪をその身に刻むのだった。

女神は、微笑むのだろうか。

けれど、もう一度刻に会えるという期待もあった。

この世界から逃げ出してしまいたいという気持ちも確かにあった。

矛盾と本音に苦しみながらも、一行に加わった。























西へ目指す途中から、なんとなく気付いていた。

荒廃が激しくなってきている―――という事実。
白亜のいた街も十二分にあれていたが、こっちにきてからはあの村の住人以外の人間と言うものを
一切見かけない。

建物と言う建物は全部崩れ、人々の墓標となっていた。

これが、神の業。

「この剣」の成した業―――

「なぁ・・・・世界は今・・・・」「ん?なんか言ったか?」

「なんでもない」それきり白亜は口をつぐんで壱太の成り行きについて耳を静かに傾けていた。

「向こうから戻ってきて、・・・・多分僕のいた町が、すごい事になっていたんです。
もう人なんてどこにもいなくて」

口調はどんよりと沈んでいて、表情も翳っていたが胸の中の異物を出すことで
快方に向かっているように見えた。

「それで、人を探してずっとここまで走ってきたけど・・・」

「お前どうして食べものを盗んだんだ?」「盗むつもりなんてなかったんです!
あの人達のものだなんて・・・知らなかった・・・」

レドノは盗ったことを責めていたわけではなく、理由を尋ねようとしたのだが、
そうはとってくれなかったようだ。

「そうじゃなくてな。神は食ったり飲んだりする必要がないんだ。
腹なんて減ってなかったろ?」

足を止め、大袈裟すぎるほどに目を丸く見開いて口も同時に開けていた。

やはりまだ理解できていなかったようだ。

「うそでしょう?だって、おなかは空いてなかったけど・・・何か食べないと死んじゃうて思って・・・
それに――僕は普通の子供です」

「なぁ、普通の人間でも神になれるのか?」

けだるそうな声でようやく白亜が口を挟んだので、

「あぁ、簡単だ。『神格』を与えればいいだけだからな。
こいつの場合も女神が与えたんだろうな」

シンカク・・・・たしか神の力を表す「位」を指す単語だったが。
「『神格』っていうのは神が持つ力そのもののことを言うんだ。「力」とはいっても
業を使っても減ったりはしないし。

まぁある意味「生きる」ためのエネルギーみたいなものだな。半永久的に稼動する」

それが神の「神」たる力の源なのか―――と妙に奈と駆使、
今はおとなしく天国に着いて行った方が利口だな、という意志を確固たるものにして、同時に
その絶大なる力すらも断ち切る事が出来る、その気になれば世界を手中に治める事すらも
夢ではない背中の「鍵」に身震いした。

荒れた大地を歩む度に

天国へと近付いて行く―――――

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