生存者 いきるもの達の話

4.てんごく

 

それは黒い墓標、と言う名が良く似合う。

太さは両の掌でつつんで若干届かないほど。高さは腹の、丁度みぞおちのあたり。

円筒状でちょうど小さな電信柱。
さわれば硬質で金属特有の冷たさが伝わってくる。
無機質な物体がただ1点、大地に深々と突き刺さっている。

「・・・・・・・・・これは?」

「鍵穴だ」

「鍵穴・・・・って、なにを入れるんですか?」

「鍵」穴なのだから鍵をいれる以外の方法は見つける価値も無いと思うのだが

白亜は剣を取り出し、布をほどいていく。

「これだな」

鍵と行ったらこれ以外に思いつくものは無い

沈黙で肯定されたのを確認して「鍵穴」に近付いていく。
「どこに差し込めばいいんだ?」

「貸してみろ」

剣を手にし、柄尻をぐいたとひねった。
するとその部位はあっけなく外れ、中から何か生き物のような動きを見せる物が覗く。

「?!」

それはケーブルだった。
細くて、先の方に金色をしたどこかへ挿すためのものが付いている、
なんだか良く見慣れている配線のようなものが。

(意志を持っているのかいないのか。いないことを祈るが
それらがうねうねと養殖所のうなぎみたいに動き出している)

音を立てるように大量に。
もののけ姫に出てきた気味の悪い化け物みたいだ。

「なぁ?天国へいくんだったよな?」
「そうだが?」

質問の意図が全くつかめない、といった感じにケーブルが鍵穴に喰らい付いていく様を
じっとレドノは観察していた。

「どうにも「カミワザ」にはみえないのだけれど」
「そうだな。科学的だ。だから『天国への鍵穴』なんだ」

回答の意味が全くつかめない、といった感じにケーブルが鍵穴に食いついていく様を

ふたりはじっと観察していた。

その動きがぴたりと静止すると、

レドノが何事かをつぶやき始めた。

「ウィヘリゲアル・ォールマセティヒジック」

「ヮヲーリギヒンスズウィア・レリ・ア」

「セリフェヴィヴィグロゥフエシディフィンス」

「ア・レゴリシッティング」

「パシティシティシンス・オリゲリンズ」

「オーヴィアック・・・・・・・・・」

(作者のつぶやき:↑実はまったく意味なく作った言葉です(笑)

( 神の道を眼前に示せ )

( 穢れ無き世と穢れし世を繋げ )

( 血の契約の下、神たるものが願い、命ず )

( 真なる姿を現わし賜え )

( 天界への道標を。我が名の下に )

(×××××××××)

呪文が終わると、黒いそれが動き始める。

かくかくと奇妙に形を崩し始め、円柱を少しずつ変形させていった。

質量保存を無視し、大きく、大きく―――

それはやがて門のような形を作り出し

閃光。

「もう目を開けても平気だぞ」

レドノの声。

反射的に目を瞑っていたようで、目の前は真っ暗。けれどまぶたを通して
薄明るい光が差し込んでくるのがよくわかった。

(天国・・・・?私は天国に着いたというのか・・・・?)

旅の目的地である天国。

ぱっと目を開けた。

目を開けてないのかと思った。

まっしろ。

まっしろだった。

何も無く

空虚で

「ここが、天国?」

誰もいない。

何も無い。

争いも無い。

殺し合いも無い

平和な

そのかわり何も無い。

「ここが天国だ」

後ろを振り向いて、ようやく地に足が着いていることを実感させられる。
レドノ、そして壱太。

この空間が狭いのか広いのか解らない。

距離感を掴むためのものが何も無いのだ。

「ようこそ。鍵を持つもの」

綺麗なか細い女の声が響いてきた。

そこに立っていたのは髪が地面についてしまうほどに長い
純白のドレスに薄い空色のショールを羽織った女性がいた。

恐らく、いや、確実に

「あなたが女神なのか?」

会釈するかのようにかぶりを少しだけおろす

「私は『執行者』そして、「刻」とお呼びください」

警戒するように白亜は睨みつけ、そしていつもの癖で剣を握ろうとする
あぁそうだ、あれは今無いのでは――

その手の中に剣がおさまっている事に気付いた。
いつの間に・・・?

その剣を一瞬だけ刻は目をむけ、またすぐに白亜の方を見た。

「それで。あなたはなぜここへ?」

「・・・・・・ここを、目指すように言われました」

目的。あの少女に言われたから。あの街にいても生きられないから。

「・・・『預言者』ですね。」

「はい?」

予言者・・・とはなんだろう。と白亜は脳内で処理しようとしたが
それが完了する前に話がすすんだ。

「レドノから話はきいていました。あなたはここを目指していた。
それは、『生きていく』ためですね?」

ぎこちないながらも首を縦に振った。

「それでしたら構いません。ここでならあなたは安全に生きていくことができますよ」

「・・・・」

「俺の神格を分け与える。それで、

お前も神になるんだよ」

「そう。壱太。あなたのように―――」

レドノの後ろにずっと隠れていた壱太がわずかに悲鳴を上げて、
顔だけを覗かせていた。

「どうして隠れるの?」
気まずそうな顔を、また引っ込めた。
レドノは口にこそ出さないが、目がいい加減にしてほしいと訴えかけていた。
壱太も気付いていないわけではないが、どうしてもそこから出る事は出来そうも無かった。

「いらっしゃい」

ようやくレドノから手を離し、それでもはにかみながら目を泳がせている。

「帰ってきたのね」

「そんなつもりじゃなかった!!」

「ぼ・・・・僕は向こうで、生きるって、決めた、から・・・・

最初は威勢のあった声もだんだんと自信を失い、
終いにはほとんど聴こえなくなってしまった。

竜頭蛇尾。

デクレッシェンド、とも言う。

長い純白のドレスを引きずりながら壱太の元に近寄り、
優しく頭を撫でた。

「いいのよ。しかたの、ないことだもの」

「あなたが生きるには、少し穢れすぎていたの」

「そんなこと・・・・」

狂った人間

「穢れてなんて・・・」

僕を、襲おうとした人間

「僕は・・・・・」

あかいあかい、血。

くるりと髪を揺らして再び白亜の方に向き直った。

「本当に、ありがとうございました。その剣をここまで運んでいただき」

「・・・・・私は、生きられるのか?」

「はい。ただし」

「その剣を渡してもらえますね?」

「剣?」

訝しげに額の皺を寄せる。
この剣。レドノもこれを探していた。

『世界を喰らう漆黒の聖剣』を。

「これを何に使うのですか?」

「それは本来、神々の所有するものです。返していただくのは当然の事かと」

かすかな笑顔の裏に、拒絶を否定するような冷たいものが流れている。
渡さないわけにもいかないか。

それにここなら身を守る必要性も無いのだし。

しかし一つ気にかかる事がある。

この剣に一体なんの意味があるというのだろう。

剣。

自分に強大な力を与えてくれた剣。

神をも殺すことが出来る剣。

殺される事を恐れている?いや、違う。

「さぁ、その剣を」

「あなたは、確かこの剣を使って『浄化』をしたのですよね?」

「・・・・・・・・えぇ。そうです」

表情を一切変えない。
確かにこのひとはとても美しかったが、それはなんだか人形のような美しさで
この人からは感情ある美しさというものが薄い気がした。

「その理由を聞かせていただけませんか?」

「理由?・・・・とは」

正直、白亜はこういうタイプが苦手だった。

「どうしてこんなことをしたのか、と訊いているんですよ」

「理由なんて無いです。それがさだめだったから私が手を下したまでです」

「定め?」

そう。と澄ました顔で言う。

静と動。というのは常に世の中一定で

刻が今、「静」の状態ならば

白亜は摂理に反することなく「動」だった。

「理由も無いのに、あんなことをした、と?」

「えぇ。それはこの世界が始まった時から決まっていたこと」

「ふざけるなっ」

声が響かない。

反響するべきものがここには無いのだろうか?

「神とはなんだ?!

お前達というのは、一体なんのためにある?」

「私は『執行者』。この世界に終わりをもたらす者」

「何故?」

「理由?」

「どうしてお前がそんな事をしなくてはならないのだ!?」

「理由なんて、あなたにはあるのですか?」

「なぜあなたは生きているのですか?」

「何を―――」

「他人を殺めてまで、何故そこまで生きようとするのです?」

「私は―――」

「理由などないのでしょう?」

絶対零度の微笑み。
それは勝者の
それは賢者の
それは

気付くと剣を握り締めていた。
掌の筋肉が潰れてしまうくらいに、震えながら。

他人を殺めてまで、なぜ、生きてきた?

前にもレドノに尋ねられた事がある。
『他人の命を犠牲にしてまで生きる価値というのはなんなのか』と。

そして私は確かに「そんなものは知らない」「そんなものを知っている人間などいない」

そう言った。

しかし、その問というのは絶対に問うてはならないのだ。

存 在 を 全 て 否 定 さ れ て し ま う か ら 

震えているのは怒りなのだろうか。恐怖なのだろうか。悲しみなのだろうか。

全てなのだろうか。

「さぁ、その剣を」

神になれる。

死ぬ事も無く

飢える事も無く

強大な力を手に入れる事ができ、

幸せに、生きることが出来る。

しあわせ?

これは、幸せ?

「私はこんな結末を望んでここに来たのではない」

「はい?」

「私はっ!!!!」
剣を大きく振りかぶった。

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