探索者 雅也と亜紀の話

 

2.みらい

「痛っ・・・」

転んだ。走り始めてから3度目だ。

ひざを少しすりむいてしまったが痛みよりも何か他の感情がつま先まで支配してしまって
気にも留めなかった。

「畜生・・・」

顔に似合わない台詞を吐いても「やめろ」といさめる彼はどこにも見えない。

それから逃げたのだから当たり前ではあるのだが。

あいつの言っている事が正しくて、自分が言っていることが子供じみているということぐらい
彼女もしっかり理解している。でもそれが間違っているとは思えなかった。

わからなかった。

どうしてこんなことになってしまったのか。

泣くことも出来ずに、濃い霧を胸に抱えることしかできなかった。

その霧の向こう側に、少しだけ光が見えた。

うた、だ。

実に音程が狂っていて、とても聴いてはいられないような変な歌。
歌詞もなんだかどうでもいいような

けれど少し懐かしくて安らぐうた。

彼のうたごえ。

「真実を知ってどうなるっていうのよ?」

まだうたは続いていた。

「それが悪戯に怖がらせているって解らないの?!」勢い良く立ち上がり振り向いた先に見える
彼の瞳は、眼鏡の区で悲しそうに揺れていた。

「みんな・・・・みんなわかってる。世界がどうなっているかまでは知らないけど
『何かが起こっている』ことぐらい・・・・でも・・・。

そんなの簡単に受け入れられるわけないでしょ?!」

「でも現実だよ。そんなのはただの」

「あんたなんかと一緒にしないでよ!ふつうはあんたみたいに無神経でもバカでもお気楽でもないの!

怖いのよ!!!」

いつの間にか涙をこらえることすらも忘れてしまっていた。白亜には
あんなにえらそうなことを言っておいて、自分はこの様とはなんとも情けない。

けれども、雅也が真実に近付こうとするのを見聞きするほどに今まで必死に押さえてきたものが
濁流のように溢れかえってしまう。

風呂にも入れず、ごはんもろくに食べられない状態では余計に精神は磨り減っていった。

もう何もかもが限界だ。

「無神経なのは亜紀ちゃんなんじゃん?」

へらついていたあいつは珍しく真剣な、とがった口調で足元の石を転がしながら近付いてきた。

「誰がバカだって?誰がお気楽だって?」

なれない気迫を全身に浴び、しり込みするかのように半歩退く

「俺だって怖くないわけ無いだろう?!」

肩を悲しく強く掴まれた

彼の瞳を見る事はできない。彼が彼でないようで、彼でない彼を見るのが恐ろしくて。

「でも俺は知りたいよ」

「どんなに怖くても、僕らがこうして生きている世界を無視する事なんてできないんだ」

「東京に、行ってみようかと思う」

力強く掴まれた肩よりも、それは痛くて、深く、深く心を串刺した。
出来ることなら耳をふさぎたかった。目を閉じたかった。

口なんてききたくなかった。

「なんでよ・・・・だって東京なんてどうなってるか」「怖いよ。けど。知らないまま終わるのは嫌だ。

そのほうがよっぽどこわい」

「知らないことは罪だ。待っていたって、誰も来ない」

だから、俺は行くよ?

亜紀の頭を優しく撫でた。

こんなにも彼との身長差があったのかと、付き合ってから初めて実感した。
悲しくて、辛くて、怖くて

嬉しかった。

「わかんない・・・・・・わかんないよ・・・・ねぇ?」














ただそこで、

ぼんやりとどこか遠くを眺めていた。
亜紀は雅也の肩に寄りかかり、ぼんやり。

「あたしね、東京にメル友いたんだ。女の子だよ」

「ふーん」

「携帯でさ、『元気?なにしてる?』って、簡単にメール送れたのにね。
いまどうしているんだろう」

世界って、こんなに広くて狭いものだったんだね、


















「え?」

面食らった白亜は自分の耳をしばらく疑った。

「東京へ行くって・・・・・どういうことですか?」
「そのまんまの意味〜」

もともと東京の大学に行くつもりだったしね。見学も兼ねて、と付け加えると
それが余計に彼女を混乱させ、雅也と、そして亜紀を笑わせた。

「何が出来るかわからないけど、何もしないよりかはマシかなって。おもったから」

「亜紀先輩も、行くんですか?」

苦い物を含んだような笑顔で「まぁね、一応『彼女』だからしょーがないから付きあってやんの」

おどけて見せた。

不服そうな雅也の視線を吹き飛ばすように

「良かったら、白亜ちゃんも行かない?ここにいてもどうにもならないと思うんだけど・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

少しだけ、悩んで、決めた。

「いいえ。私はこの街に残ります。父も母もいますし・・・・・・」

何より、私の生まれた街ですから

「そう」

その言葉には名残惜しさも嫌味もなく、むしろ穏やかに、安らかに。

「先輩」「・・・ん?」

「あの・・・・帰ってきて、くれます・・・よね?」

「あぁ、必ず」「大丈夫よ。心配しないで?」








そして二人は東へ旅立つ。













危うげな足場を歩く。

転ばないように亜紀の手をしっかり握って先を行っていたが
雅也がものすごい勢いで転んでしまったので二人とも転んだ。

「バカ」「うるせ」「いたい」「僕も」「運動音痴」「どっちが」「あんたよ」「そっちもだろ」

ひとしきりなじりあって、大きな声でどちらともなく笑い始めた。

「ねぇ、まだ聞いてない」
「何を?」

「『世界が終わってしまったらどうやって生きればいいのか』」

「・・・・・・・亜紀ちゃん、この前の話、聞いてなかったでしょ?」

「あんまし」

腹の底から地面に穴を開ける位大きな息を吐き出して、ずれた眼鏡を押し戻す。

「『世界とはその人の人生を指名している』

だから世界が終わったら死んでるんだからどうしようもない」

「屁理屈ね」「なんとでも」

「世界なんてまだ終わってないさ。僕らがこうして立っている。

そこが世界だもの」

強い風が二人の背を押した。それは二人を祝福しているのか、

他の地へと追いやっているのか。

それはまだ誰も知る事は無い。

白亜を待つ悲しい運命も

人類への選択も

二人の行方も











このほしのみらいさえも









たった一人の預言者を除いて――――















終。

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終幕

 

 

 

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